文京区
 東京都   関東地区  日本の風景  トップページ
文京区は東京都の山手線内ほぼ中心にあります。
区内を通る鉄道は地下鉄のみで、丸ノ内線、有楽町線、
千代田線、南北線及び都営三田線と大江戸線の6本が
通じています。
区内にJR線の駅はなく、千代田区内の御茶ノ水、水道橋、
飯田橋、及び豊島区内の駒込、巣鴨が最寄駅となっています。

高速道路は首都高速5号線が区内の西寄りに通っています。
国道は17号線が区内を縦断しています。

名前の通り文教地区で、東京大学、お茶の水大学、筑波大学の
国立大学をはじめとして、中央大学や東洋大学、日本女子大など
有名私立大学、また、国立東京医科歯科大学、日本医大、
順天堂大、日本薬科大学などの医薬系大学を含め19校が軒を
並べています。

医科系大学の多いことから附属病院も多く、医療機関が数多く
あります。

南には神田川が流れており、これが区の境界となっています。

文京区内には湯島天神、根津神社、護国寺などがあり、
参拝客や観光客で賑わっています。
また、都立六義園や東大付属植物園(通称小石川植物園)
があり、広大な庭園が広がっています。

区内の南には後楽園球場があり、日本最初のドーム球場として
有名です。
野球以外にミュージックショーや花の展覧会にも利用されています。

区内には大きな繁華街はなく、文教地区としての環境が保たれて
いるようです。

都立六義園 りくぎえん
五代将軍・徳川綱吉の信任の厚かった側用人・柳沢吉保が元禄15年に築園。
和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水庭園」の江戸時代を代表する大名庭園です。
池をめぐる園路を歩きながら移り変わる景色を楽しめる繊細で温和な庭園で、四季折々の風情を
堪能できます。特に、春のしだれ桜と秋の紅葉の美しさは格別。
明治期に入り、三菱の創業者である岩崎彌太郎の別邸となり、その後、1938年(昭和13)に
岩崎家より東京市(都)に寄付され、昭和28年に国の特別名勝に指定された貴重な文化財庭園です。
2014年10月初めに訪れました。紅葉には早く人出も多くなく、ゆっくりと散策できました。
六義園は文京区の北端、駒込駅
近くにあります。
此処が正門です。
駅からは10分弱の距離です。
煉瓦造りの長い塀に囲まれており、
重々しい雰囲気を持っています。

駒込駅近くに染井門がありますが、
普段は閉じられていて利用が不可です。

画面にポインターを置くと染井門が
ご覧いただけます。

駒込橋です。
JR山の手線駒込駅近くにあります。

この橋を渡りきると信号から先は
文京区になります。
六義園正門前の通りです。
一区画が煉瓦塀で囲まれています。
正門を入ったところに
名勝 六義園の石碑が立っています。
もうこの辺りから自然いっぱいです。

六義とは詩道の根本を構成する
六つの「体」のことです。
賦(ふ)  感想をそのまま述べたもの
比(ひ)  例をとって感想を述べたもの
興(きょう)外物に触れて感想を述べたもの
風(ふう) 民間で行われる歌謡
雅(が)  朝廷でうたわれる雅正の詞藻
頌(しょう)宋廟頌徳の詞藻
以上が詩経大序にいう六種の分類であり
「六義」といいます。

此処から六義園と名付けられました。
この石碑は東京市石碑と名付け
られた石碑で、六義園が東京市に
移譲された経緯が説明されています。

三菱グループの創始者岩崎弥太郎が
1878年(明治11)にこの地を手に入れ、
その後岩崎久弥の本邸、別邸として
利用され、幣原喜重郎(弥太郎の女婿)
が仮住まいに利用したこともあった
ようです。

1938年(昭和13)に久弥が東京市に
この地を寄付し、公園として
一般公開されています。
「内庭大門」です。岩崎家時代の雰囲気を
残すように、東京市により再建された
物です。

この門を入ると正面に大きな枝垂れ桜が
あります。
枝垂れ桜です。
右端を歩く人からその大きさが想像されます。
枝垂れ桜の傍にある石碑です。
新脩(しんしゅう)六義園碑と
称されています。

六義園八景が記されています。
元々は1706年当時の霊元上皇が
六義園を訪れ、園内の景勝地12境8景を
選んで吉保に下賜したのだそうです。
そのご、一時庭園が荒廃し、柳沢四代目
保光が修復した際にこの碑が建てられました。

八景は
若浦春曙、筑波陰霧、吟花夕照、東叡幽鐘、
軒端山月、芦辺水禽、紀川涼風、士峰晴雪
となっています。

石碑の先、庭園への入り口の門です。
竹で作られていました。


この門から入って眺める庭園の全景は
下の写真のようになっています。
門を入って右側の眺めです。 正面が中の島で右手には田鶴橋が見えます。中の島の右手は背山、その左手に妹山が並んでいます。
手前の水辺は出汐の湊と呼ばれています。
上の写真の左側に広がる庭園です。右端は中の島の突端、その奥に吹上茶屋が見えます。池の真ん中にある岩は蓬莱島です。
手前は玉藻の磯になっています。
園内にあるお茶室「心泉亭」です。
作庭された当初この辺に泉がつくられ、
ここから流れ出る水が池の中心部に
流れていたので、心の泉と名付けられた
ようです。

左手に樹木越しに見える建物は
「宜春亭」です。同じく茶室ですが、
泉心亭より小さい建物です。

いずれの建物も一般に有料で開放されて
います。
玉藻の磯から眺める蓬莱島と吹上茶屋です。
蓬莱島はこんな岩になっています。
松の木が生えていました。

蓬莱島は柳沢吉保が造った当初の庭には
無かったそうで、岩崎弥太郎の好みで
造られたようです。
京都丹後の舟屋を模した船倉だそうです。
中の島の左端にあります。

その左手に白っぽく見える岩は
「臥龍石」です。龍が伏せているような
姿から名付けられています。
「滝見の茶屋」と滝です。

ちょっと見難いですが、池の
奥と石垣の左手に滝があります。
細い白い筋となって水が落ちています。
この滝は以前、千川上水の水を引いて
いましたが、地下鉄の工事によって断水し、
現在は井戸水によって維持されています。

左手に見える庵が滝見の茶屋です。

海南満天星ツツジです。
けっこう大きな木です。

この辺りから六義園の山の景色に
変ります。
吹上茶屋を抜けて北側へ向かうと
「つつじ茶屋」があります。
明治年間、岩崎氏の代に、つつじの
古木材を用いて建てられた
この四阿(あずまや)は、戦災を免れ、
希少な姿を伝えています。

中央の柱と手前左二本が
つつじの木です。
右手の柱と奥の方は百日紅の木だそうです。
弥太郎の時代の建物で残っている
唯一の四阿です。
つつじ茶屋の東にある山陰橋からの
眺めです。
水に映る紅葉の美しさは園随一の
眺めだそうです。
紅葉の頃にはこの橋は超満員で、
足元を見て紅葉はなかなか見られない
そうです。
細い橋が落ちないんでしょうかね。
園内で最も高い場所にある藤代峠から
見た園内です。
10月で少し色付いている木もありました。
「渡月橋」です。
一枚岩で出来た橋です。

画面にポインターを置くと
横からの眺めもご覧いただけます。
根津神社
日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝えられる古社で、東京十社の一社に数えられています。
1706年に5代将軍綱吉が今に残る社殿を造営、千駄木の旧地より遷座したものです。
権現造り(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)の傑作とされており、社殿7棟が国の
重要文化財に指定されていいます。
以下の写真は2012年2月に訪れた時のものです。

表参道は地下鉄千代田線「根津」駅から5分ほどです。
北参道は日本医科大学付属病院の前にあり、地下鉄千代田線「千駄木」駅から5分ほどです。

根津神社は縁結びをはじめ、商売繁盛、厄除、合格祈願などのご利益があります。
根津神社は縁結びの本家・出雲大社と同じ神様・大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られている
ことから「縁結び」「商売繁盛」、須佐之男命(すさのおのみこと)が祀られていることから「厄除」に、
菅原道真公が祀られていることから「学問」「合格祈願」の御利益があるとされています。

境内のつつじは徳川綱重が屋敷の庭に植えたことに始まるそうで、毎年4月上旬から5月上旬ごろに
つつじまつりが開催されます。
約100種3000株ものつつじが咲き乱れ、甘酒茶屋、植木市、露天等もたくさん並ぶそうです。
根津神社参道入り口の石名碑と
大鳥居です。
楼門です。
国の重要文化財に指定されています。
唐門です。
これも国の重要文化財に指定
されています。
社殿の拝殿です。
拝殿の奥に幣殿、本殿と続いています。
この権現造りは江戸の神社づくり
としては最大級のものだそうです。
国指定の重要文化財です。
神楽殿です。
これも国の重要文化財に指定
されています。
例大祭などの時には現在も
使用されています。
境内にあるつつじの植え込みです。
花の季節には屋台なども出店され
大変賑わいます。
2月ではこんな感じです。
乙女稲荷です。
御祭神は倉稲魂命。社殿両側には
奉納された鳥居が立ち並んでいます。
稲荷神社に立ち並ぶ朱塗りの鳥居は、
その一本一本が、願ひを叶えて
戴いた御礼に奉納されたものです。
六代将軍家宣公の胎盤が
納められていると伝えられる
胞衣塚(えなづか)です。
文京区の指定文化財です。
庚申塚です。
これらの庚申塚は元は道の辻に
建てられていたものですが、
明治以降の道路拡幅等で
取り払われたものを集めて、
根津神社に納められたものです。
参道北口の大鳥居です。
湯島天満宮 通称湯島天神
古来より江戸、東京における代表的な天満宮であり、江戸時代には多くの
学者・文人が訪れ崇敬を集める一方、享保期には富くじ興行が盛ん(江戸の三富の1つ)
になり庶民に親しまれました。
学問の神様として知られ、菅原道真公を祀っているため受験シーズンには多数の受験生が
合格祈願に訪れます。普段でも学問成就や修学旅行の学生らで非常な賑わいを見せています。
一般には湯島天神と称されています。 写真は2008年3月に訪れた時のものです。

社殿(拝殿)です。
1995年(平成7)に総檜造りとして
建替えられています。
根津神社同様、拝殿と本堂が幣殿で
結ばれている「権現造り」の建築様式で、
日本古来の「木の文化」を象徴する
純木造建造物です。

湯島天満宮の創建は古く、
458年(雄略天皇2)と伝えられています。
太田道灌が再興、徳川家康は
江戸入りの際、神領五石を寄進しています。
菅原道真を祀るこの神社は、学問の
神様として別名湯島天神としても
広く知られています。
北側からの参道は女坂と称し、
石段の勾配がゆるくなっています。
左手は梅園です。
東から登る男坂です。
女坂に比べて石段の勾配が
急になっています。
左手は梅園でその左手の通路は
女坂に通じています。
境内にある「奇縁氷人石」です。
江戸時代に落し物や迷子探しで
この石に頼めば見つかったと云われる
石碑です。
この石碑の右側に「たつぬるかた」、
左側に「をしふるかた」と有り落し物や
迷子を捜す人は右側に、教える人は
左側に紙に書いて貼っておくと
見つかったそうです。
本殿横に設えられている絵馬札掛けです。
境内には何か所かあります。

この時期は3月でもあり、いずれの
絵馬札掛けも受験生の願いが
山になっています。

画面にポインターを置くと別の場所の
様子もご覧いただけます。
梅園です。
                        東京の風景      関東の風景      日本の風景   トップページ