行田市
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行田市は埼玉県の北、群馬県との県境にあります。
市の北側には利根川が流れています。
利根川が埼玉県と群馬県の県境となっています。

行田市の字埼玉(さきたま)が埼玉県の地名の
発祥となっているようです。

市の人口は8万人ほどですが、歴史は長く、
室町時代に忍城(おしじょう)が築かれ成田氏を中心とする
武士団が居住したようです。
その後、江戸時代には阿部、松平氏の統治を受け、
石高は十万石ありました。

産業では江戸時代に始まった足袋製造が盛んで、
昭和に入って行田の足袋は全国の80%を占めるに
至りました。現在もまだ生産されているそうです。
行田市には東北道加須ICから入りました。国道125号で市内に入れます。
行田市内には多くの古墳が存在しており、なかでもさきたま古墳群は33基の古墳があり
東日本で最大の古墳群です。さきたま古墳公園内には9基の古墳があります。
市内にはほかにも八幡山古墳、地蔵塚古墳などがあります。
古墳群としては市内に8か所ありますが、墳丘は殆ど削り取られて原型はありません。

市役所のそばに忍城址があります。関東7名城と称されています。
城は1873年に廃城とされ解体されましたが、
1988年に再建されています。内部は郷土博物館として利用されています。

本丸跡に建てられている郷土博物館は展示品に見るべきものが結構多くあります。
徳川時代に老中として仕えた阿部忠秋などの働きにより、残されたものが多いようです。

食べるものでは揚げていない「フライ」と「ゼリーフライ」が有名です。
市内では30店以上が扱っているようです。「フライ」はお好み焼き風のもので
昔は足袋工場の女工さんのおやつだったそうです。なぜフライかはこの地で
扱う布地「布来」から来たようです。「ゼリーフライ」はおからを主体にしたコロッケ風の
食べ物です。ゼリーとは関係なく形状が銭型で「銭(ぜに)」が訛ったものと
言われています。両方とも味はまあまあ、フライに焼きそばを巻いて食べました。

昼前に出かけて一回りしましたが、思いのほか面白そうな町で、2〜3時間では
十分には回ることが出来ず、ハスの咲く頃にもう一度来ようと考えています。
行田市役所から忍城址への
入り口です。
石畳の通りが続いています。
「浮き城の径」と呼ぶそうです。
木立と小川の流れが
気分良くさせてくれます。
上の石畳の道を通り抜けた
所に忍城天守閣が建って
いました。
忍城天守閣、御三階櫓です。
小振りながらもすっきりした
天守閣になっています。
内部は博物館の一部です。

元の城は1479年の文書に
出てくるので、この頃には
すでに築城されていたと
思われます。

1590(天正18)年に
石田三成による水攻めに
遭いましたが、これに耐え
抜いたことからその後は
「浮き城」と呼ばれたそうです。

徳川家康の関東入りにより、
松平忠吉(家康四男)が
十万石で入城しました。以降
明治維新まで徳川由来の
譜代、親藩が城主となって
います。


堀にかかる城への橋です。
木橋と呼ばれているようです。
橋を渡ったところにある
東門です。
右端には「忍城址」の
石碑があります。
城内にある鐘楼です。
この鐘は1717年に桑名藩主
松平忠雅により鋳造され
1823年松平が桑名より
忍城に移る際にこの鐘も一緒に
移されたものだそうです。
昔の鐘は博物館に展示され、
現在かかっている鐘は1992年
に鋳造されたものです。

ポインターを画面に置くと
R125号側から見た
鐘楼をご覧いただけます。
行田市歴史博物館です。

館内の展示品はすべて
写真撮影禁止となっています。

残念ながら展示品の紹介は
出来ませんが、由緒ある品や
文書が結構沢山展示されています。
館内の展示場へのアクセスロード
です。

ポインターを画面に置くと
展示室を出たところのスペースを
ご覧いただけます。
御三階櫓の4階展望室からの
行田市内眺望です。
正面の灰色の建物は市役所です。
右寄りの樹木の列は「浮き城の径」
です。
その先の白い建物は産業文化会館
です。
城の東方向の眺望です。
御三階櫓から富士山が見えました。
ちょっと遠くて薄いですが、
肉眼でははっきりとみられました。

こうしてみると電線の数が
結構多いのがわかりますね。
郷土博物館の庭にある
城の石垣の石から作った
手水鉢です。
博物館の近くにある
「かねつき堂」と言う食堂で
ここのフライやゼリーフライが
有名との事で試してみました。

他にもフライ・ゼリーフライを
扱っている店がありますが、
なぜかここは大繁盛です。

入り口にはテイクアウトする
お客さんが一杯待っていました。

我々は中で座って頂きました。

下の写真、左がそば・卵入りフライで
450円。お好み焼きを二つ折りした
感じの食べ物です。
中は同じものを割いてみたところです。
中にたっぷりの焼きそばが入ってます。
右はゼリーフライです。コロッケの中が
卯の花(おから)になっています。
ソースか醤油を付けて食べます。
青海苔を振ると美味しいのですが、
最初は気が付かず、半分ほど
青海苔なしで食べてしまいました。
博物館の向かいにある
忍東照宮・諏訪神社です。

忍城の曲輪諏訪のあった場所に
作られた神社です。
創建は1823年忍城主松平忠尭に
よるもので、御神体は徳川家康画像
です。

同じ境内にある諏訪神社です。
こちらは忍一族により1192年に
創建されています。
成田親泰が忍城構築の際この社を
城鎮守としたと伝えられています。

忍城址や郷土博物館の前の
通り(R125)です。

市役所の前から東方向に
約1km弱の区間の両側に
子供の色々なしぐさを銅像にしたものが
39体並んでいます。

どれもが生き生きとした表情で
作られています。

下の写真は銅像の一部です。
竹とんぼを飛ばす子供が
秋空の中に浮かびます。
木枠が額縁のようで
一幅の絵になっています。
市役所の南寄りにある
水城公園です。
日曜日で親子の釣り人が
対岸の水辺に沢山並んでいました。
通りを挟んだ東寄りの池には
布袋草が花を一杯咲かせて
いました。

画面にポインターを置くと
花をご覧いただけます。
さきたま古墳群にある
将軍山古墳です。
この前方後円墳では内部の石室も
見ることができます。

さきたま古墳群は5世紀末から7世紀に
かけて作られたようです。


画面にポインターを置くと
稲荷山古墳から見た
将軍山古墳がご覧いただけます。
丸墓山古墳です。
さきたま古墳公園内では唯一の
円形古墳です。
円墳の規模では日本一です。
稲荷山古墳の後円部分です。
この古墳はさきたま古墳群の中で
最も早く作られた古墳です。
5世紀後半に作られています。


画面にポインターを置くと
同古墳の前方部分がご覧いただけます。

この古墳からは国宝の「金錯銘鉄剣」が
出土しています。
稲荷山古墳の上からの眺めです。
南の方向を眺めています。
右手に少し見えるのは将軍山古墳
です。

行田市では田圃に絵柄を描くことで
有名です。今回少し遅くて
見られませんでした。
同じく稲荷山古墳の上から見えた
富士山の遠景です。

肉眼ではもう少し鮮やかに見えます。
二子山古墳です。
さきたま古墳群では最も大きい
前方後円墳です。
周囲に堀もあります。

画面にポインターを置くと
二子山古墳の近景が
ご覧いただけます。
二子山古墳の近くに
コスモス畑がありました。

ブタクサの黄色とコスモスの
ピンク、ススキの白が
逆光気味の光の中であでやかに
彩られていました。
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