伏見稲荷大社
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もっとも身近な神社といえる「お稲荷さん」。全国に三万社あるといわれ、全国各地で老若男女を問わず親しまれています。
その総本宮が伏見稲荷大社です。 
伏見稲荷大社は京都の南部、伏見区深草にあります。東福寺と桃山御陵の間にあります。
稲荷信仰の原点は稲荷山です。御祭神である稲荷大神様がこのお山に御鎮座されたのは、奈良時代の
711年(和銅4)と伝えられています。その日から数えて、2011年(平成23)に御鎮座1300年を迎えています。
幼少のころ、両親たちとよくお稲荷さんへ行きました。その折には必ず参道で「雀焼き」を食べたものです。現在は雀の減少で
雀焼きを提供する店は数軒が残るのみとなっているそうです。
2018年11月に60有余年ぶりに伏見稲荷大社を訪れました。学生以外はほとんどが外国人でした。三徳社の前にある
お茶屋さん三徳亭のおかみさんは参拝客の90%は外人だと言ってました。
今回は高槻市から京都で途中下車し、JR奈良線で
伏見稲荷駅へと出ました。

幼少期には京阪電鉄を利用していたので、駅から
大社まで少し距離がありましたが、JR駅からは
すぐに大鳥居(一の鳥居)の前に出ます。

平日なのに人出が多いです。ただ日本人は学生さん
が多く、他はほぼ外国人が占めています。
日本人は紅葉の東福寺へ行く人が多いのでしょう。
1駅手前の東福寺駅で下車した日本人が多かったです。
表参道から見る二の鳥居と楼門です。

楼門は豊臣秀吉が1589年(天正17)に
造営させたものだと言われています。
神社の楼門の中でも最大規模になります。
楼門への途中にある末社です。

右は「霊魂社」です。
物故した大社職員や特別崇敬者の霊を合祀
しているお社です。
画面にポインターを置くと霊魂社をご覧頂けます。

中は「藤尾社」、左は「熊野社」です(下図)。

画面後方のビルも稲荷大社の施設です。
  右は「藤尾社」で舎人(とねり)親王をお祀り
しています。重文です。

左は「熊野社」で伊邪那美(いざなみ)大神を
お祀りしています。重文です。
二の鳥居と楼門です。

楼門の前には対の狐が置かれています。
狐は稲荷大神の使いと言われています。
神様同様に狐も人の目には見えないのだそうです。
従い、稲荷の狐は白(透明)狐(びゃっこ)です。
「外拝殿」です。重要文化財です。

内拝殿の前にあります。

右奥が内拝殿です。1449年の再建で、
同じく、重要文化財です。
奥にある本殿も重文です。


稲荷神社の象徴「きつね」です。
内拝殿の前にあります。
あちこちに狐は多いですが、ここの狐は
稲を咥えているのと、何も咥えてないのが
一対になっています。阿吽に通じるようです。

稲荷の狐は口に稲穂、鍵、巻物、玉を咥えて
います。この狐は稲穂です。何を咥えているか
確認してゆくのも楽しいです。
「権殿」です。重要文化財に指定されています。
本殿と同形態の御殿で本殿御造営の際の
仮の本殿として設けられているところから遷殿或は
若宮とも称されました。
天正年間秀吉公の造営にかかり寛永年間に
改築されています。
千本鳥居への参道です。石段になっています。
この日は学生さんが多かったです。
11月末は修学旅行シーズンなのでしょうか。
観光タクシーの運転手さんがガイドをしている
模様でした。
「玉山稲荷」です。

1875年(明治8)の建立です。
玉山稲荷大神を祀っています。
この右手に神馬舎があります
「神馬舎」です。

玉山稲荷の裏手にあります。
神馬は白色で色々な飾りつけがされています。
1938年(昭和11月末3)の奉納です。

神馬の様子です。

伏見稲荷大社の稲荷山の概観図です。

大鳥居から本殿が表参道になります。本殿を越えると
稲荷山に入ります。千本鳥居が稲荷山の入口です。
京都生まれで、稲荷には何度も来ていますが、稲荷山には
上ったことがなく、今回初めて山を一周しました。

新池の近くに数多くの分社が祀られています。信者からの
奉納だろうと思われます。

三徳亭で一休み後、四ッ辻から三ノ峰、二ノ峰、一ノ峰(頂上)と回り、
御剣社から清瀧を経て田中社に詣でて、再び三徳亭に戻りました。

帰りは三ツ辻から裏参道経由、足腰不動、御産場神社、八島ヶ池を
通り、裏参道の商店街へと出ました。
午後2時半頃の新幹線を予約していた関係で、2時前には京都駅へ
向かいました。もう少し時間が必要でした。
千本鳥居への入口です。

千本鳥居は実際には約1万基あると
言われています。まだ、増え続けています。
鳥居の中には今年建てられたものもあります。
「千本鳥居」です。
途中で二つの道に分かれ、一方通行に
なっています。

画面にポインターを置くと別の場所の
千本鳥居をご覧いただけます。
本殿の東方、千本鳥居をぬけたところ
通称“命婦谷”に「奥社奉拝所」があります。
一般には「奥の院」の名で知られています。
この奥社奉拝所はお山を遥拝するところで、
稲荷山三ケ峰はちょうどこの社殿の背後に
位置しています。

画面にポインターを置くと奥の院の
後ろにある拝所をご覧いただけます。

「おもかる石」です。

奥社奉拝所の右側後に、一対の石灯篭があります。
この灯篭の前で願い事を念じて石灯篭の頭を
持ち上げ、そのときに感じる重さが、自分が
予想していたよりも軽ければ願い事が叶い、
重ければ叶い難いとする試し石です。

長蛇の列で、お願いはできませんでした。
奥社参拝所から熊鷹社への途中に
「根上がり松」があります。

右手の根が地表に持ち上がっている形状から
根上がり松と称され、商売人や株関係の
人たちから、「値が上がるのを待つ」として
多くの信仰を集めているとのことです。
新池へ向かう途中の山肌に
この様に数多くの末社が作られています。
福繁大神・大岩大神・白玉大神を祀っています。

画面にポインターを置くと別の場所の
様子もご覧いただけます。

信者さんの奉納されたお社もあるのでしょう。
別の場所の様子です。

稲荷信仰の人の多さを実感させます。
「新池」です。

池の前には「熊鷹社」があります。

その昔「貴族(藤原氏・皇族など)」が守護神の
1柱として崇拝していた「熊鷹大神(羽白熊鷹)」を、
民族(国民)の統制のために、広く信仰されていた
稲荷信仰に習合させて、崇拝させたという説が
あります。
の結果、貴族の守護神である熊鷹大神が、
稲荷神社でお祀りされるようになったとのことです。


画面にポインターを置くと熊鷹社の祭壇を
ご覧いただけます。

勝負事および商売繁盛の神様が祀られてお
り、
一発勝負を賭けようという参拝者が多く訪れる
そうです。

三ッ辻を抜けると左手に三徳社があり、
その向かいに「三徳亭」と言うお茶屋さんが
あります。
ここで甘酒をいただいて少し休憩しました。

おかみさんとの会話では、お客がほとんど
外国人になったそうです。
確かに、立ち寄る人たちは殆ど外国人です。

「稲荷山を一周したらここへ戻るから、帰りに
また寄ってちょうだい」と言われ、荷物を
置かせて貰って、復路でも立ち寄りました。
四ッ辻です。右手まっすぐ行けば左回りに、
右手の更に右手に小道があり、これを行くと
右回りに稲荷山を歩けます。

左手の階段は権太夫大神(田中社)への
道です。帰りに寄りました。
三ノ峰にある「下之社」です。

稲荷山七神蹟の一つで、伏見稲荷の主祭神・
稲荷三神の上社・宇迦之御魂大神
(うかのみたまおおかみ)を祀っていた跡と
言われています。
現在は白菊大神と呼ばれています。
間ノ峰にある「荷田社」です。

伏見稲荷大社の創建に関わりの深い荷田氏の
祖神・龍頭太が祀られ御神蹟の石の扉には
荷田家の梅の紋が刻まれています。
また入口の石鳥居は「奴祢鳥居(ぬねとりい)」と
よばれ額束の両側に合掌状の破風扠首束を
はめた独特の形になっています。
二ノ峰にある「中之社」です。

稲荷山七神蹟の一つで、交通安全の神として
知られる稲荷三神の中社・佐田彦大神(猿田彦神)を
祀っていた跡といわれています。
現在は青木大神と呼ばれ交通・海運のほか
導きの神としても信仰されているようです。

画面にポインターを置くと神蹟をご覧いただけます。
稲荷山の最高峰で標高233mに位置し、稲荷山
七神蹟の一つで、稲荷三神の上社・大宮能売大神
(おおみやのめのおおかみ)を祀っていた跡と
言われています。

画面にポインターを置くと神蹟をご覧頂けます。

現在は末広大神と呼ばれ芸能の祖神・和合の
神として信仰を集めているそうです。

神蹟を囲むようにして数多くのお塚が設置
されています。
お塚の一部です。
秋らしい風景になっています。
一ノ峰から元の四ツ辻へ向かって周回路を
下山する最初にある「春繁社」です。
「御剣社(長者社神蹟)」です。

稲荷山七神蹟の一つで、社殿の後ろにある
御神体の剱石(雷石)は注連縄を巻かれた巨岩で、
刀を打つのに必要な火の神・加茂玉依姫
(かもたまよりひめ)を祀り、刀鍛冶や刃物業者の
信仰が篤いとのことです。
御剣社から下山道を進みます。
この様な鳥居の列が幾つもあります。
この鳥居は今年(平成30年)に建てられています。

「薬力社」です。

薬力大神を祀り、無病息災や薬効・薬害防止、
薬局、製薬会社など薬関係の仕事の商売繁盛に
ご利益があると言われています。
薬力社にある「薬力の滝・行場」です。

稲荷山最奥部の源流の滝で紅葉谷を経て
三ノ橋川となり、紅葉で有名な東福寺の通天橋へ
流れて行くそうです。

画面にポインターを置くと行場への
入口付近をご覧いただけます。
薬力社から道を外れて、清明の滝方向へ
向かうと、鳥居の修理中で、工事が一段落
するまで暫く待ちました。

鳥居の屋根部分を乗せる作業をしていました。
天瀧大神の社を抜けて「清瀧」へ出ます。

社の横に滝があります。
水量が少なく、細い滝ですが、水量が
多い時には奥の壁面に滝ができるようです。

画面にポインターを置くと「清瀧大神」が
ご覧いただけます。
大滝から元の道へ抜ける途中、
大滝神社の鳥居を抜けると
この様な滝が落ちていました。
多分、この滝の先に清瀧があるのでしょう。
「眼力社」です。

眼力大神・石宮大神をお祀りしており、
目の病気に良いほか、転じて先見の明=眼力が
授かるご利益で知られ、会社経営者や
相場関係者の参拝も多いのだそうです。

手水舎の狐は逆さまの姿勢で竹をくわえ、
竹からは水が流れ出しています。

画面にポインターを置くと正面からの
狐をご覧いただけます。
権太夫大神(荒神峰、田中社神蹟)です。

田中と名が付けば訪れない訳には行かない
でしょう。結構長い石段を登ります。

権太夫大神を祀り人気を得られるご利益が
あるとされ、古くから役者や芸事をたしなむ
人々の参拝が多いとのことです。

画面にポインターを置くと「田中社」の神蹟を
ご覧いただけます。
田中社から眺める京都市街と西山の眺望です。
右奥の山は「愛宕山」です。
左手の高架は名神高速道路です。

稲荷山ではここからの市街地の眺めが
最もよいと言われています。
鳥居と紅葉の取り合わせ。
海外では見られない光景として、外国人に
人気があるのだそうです。
帰り道でも「三徳亭」に立ち寄りました。

ご覧のように外国人ばかりです。

昼食時間だったので、何か食べるものがあるか
尋ねたところ、「今日は息子も休みで、食事は
出来ないけれど、お一人だからうどん程度なら
何とかします」とのことで、稲荷のきつねうどんを
作ってもらいました。

画面にポインターを置くと「きつねうどん」を
ご覧いただけます。即席ゆで面のようですが、
まずまずのお味でした。

外人たちはこの店の抹茶アイスを買っていました。
「お一人1品以上のご注文をお願いします」との
説明書きが英語、中国語、韓国語で書かれて
いました。大勢で一品だけ頼んで休んでいく外人が
多いのでしょう。

お二人の高齢者がこの後訪れてこられ、
奉納用の鳥居を求めていかれました。
この奉納用鳥居は三徳亭のおかみさんが
墨で奉納者の住所氏名を書いて渡します。
お二人は愛知県の豊川から来られた方でした。

おかみさんは、「私は字が下手だから」と謙遜
されていましたが、なかなかの達筆でした。

画面にポインターを置くと鳥居に書かれた文字を
ご覧いただけます。
山を下る裏参道沿いにあった
「腰神不動神社」です。
正式名は「明竹(ひろたけ)稲荷宮・権社」の
ようです。

オーストラリア人が御朱印をもらっていました。
巫女さんが「足腰の神さんて、分かってるのかしら」
と心配していました。

家内用に足腰のお守りを求めました。
裏参道沿いにあるお社の上にいた
「空飛ぶ白狐」です。
尾っぽにはお稲荷さん独特の火宝がついています。
口には鍵を咥えています。
裏参道沿いにある「鬼子母観音」です。

指にかかっているひもは開眼式の折の
お告げにより、この綱を握れば願いが
叶うとのこと。

開眼式は1984年(昭和59)9月23日に
行われたとのことです。
「産場大神(お産場稲荷)」です。

この辺りをお産場と言い、稲荷山を巡拝して
祈願した「願い事」が「産まれる場」として
昔から多くの人々が参拝しているそうです。
「八島ヶ池」です。

画面にポインターを置くと別角度の
池もご覧いただけます。

伏見稲荷参道商店街です。裏参道になります。
裏参道の中ほどにある「稲福」で
雀焼きを頂きました。今回の最大の目的が
此処で実現できました。

雀焼きはすずめの数が激減して、焼くお店も
数軒になっているそうです。
ここもテイクアウトはで出来ず(ウズラはOK)、
店内で食べる場合のみ供されます。

台湾らしい中国系の団体さんが食事を
していました。さすが、雀焼きは食べていません。


雀焼きです。
子供の頃に食べていた雀焼きとは少し
趣が異なるような気がします。
でもまあ、国産雀を頂くことができました。

子供の頃は頭の部分が美味しかった記憶が
ありますが、今回は然程ではないなぁ、
との印象です。

いずれにせよ、雀焼きが食べられて大満足の
稲荷詣ででした。
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