ロース記念館
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ロース石で作られた郷土資料館です。ロース石は1869年(明治2年)頃、母島に定住し、開拓に貢献したドイツ人ロルフスによって
発見されました。この石を利用して建てられた建物は、大正時代には砂糖収納庫として使用されていたそうです。
小笠原返還後は小笠原農業協同組合母島支店、母島簡易郵便局として使用された後、1992年に郷土資料館として開館されました。
ロース石で組み上げられた
「ロース記念館(郷土資料館)」です。

母島で採れるロース石を使った
建物です。屋根は茅葺きになっています。

前述のように、当初は砂糖蔵として
造られ、その後、色々と利用後、
1992年に資料館として開館しています。
横から見た建物全景です。

画面にポインターを置くと
反対側から眺めた画像もご覧
頂けます。
館内は仕切りが無く、ワンルーム
として利用されています。

戦前戦後に使用された道具類、
固有種鳥類のはく製、古い写真資料
などなどが展示されています。

入館料は無料です。
奥の方の上には銃の展示や、
漁業、農業の道具なども展示
されています。
為朝凧の展示もありましたが、
詳しい説明は見ずじまいでした。
なぜ、為朝凧があるのか???

一説には、小笠原凧は八丈島から
伝わった為朝凧が元となって
作られてきたものだそうです。
従い、母島には為朝凧が遺されて
いても不思議ではないそうです。

八丈実記によれば源為朝は
保元の乱に敗れ、大島に流されました。
その後、伊豆諸島を周り、全島を
勢力圏下におくため八丈島にも、
たどり着いたそうです。
為朝凧は、八丈実記をあらわした
流人近藤富蔵 が図案を考案したものと
伝えられています。

この為朝凧が小笠原に伝わったと
思われます。
小笠原の固有亜種である
「オガサワラノスリ」のはく製です。

傍には「メグロ」や「ハシナガウグイス」
などのはく製も展示されています。
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