豊受大神宮 (外宮)
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豊受大神宮は別名「外宮」とも称され、
伊勢神宮内宮・外宮と言われています。

外宮には食物・穀物を司る神である
豊受大御神がお祀りされています。
内宮創建から500年後に伊勢の山田原に
ご鎮座された『衣食住をはじめ、あらゆる
産業の守り神』です。

境内は内宮の右側通行に対し、左側通行に
なっています。内宮に敬意を表したものとバスガイド
さんから聞きましたが、実際は内・外宮とも、祭神に
遠慮して正宮の門に遠い側の道を歩く為だそうです。

伊勢神宮では20年に1度社殿を造りかえる
式年遷宮と言う仕来りがあります。
地図上の古殿地は古い社殿の有った場所です。

外宮では1,500年間、毎日朝と夕方、
天照大御神をはじめとする神々に
神饌(しんせん)を奉る「日別朝夕大御饌祭
(ひごとあさゆうおおみけさい)」という行事を
行ってきました。
二の鳥居です。
鳥居の右手には神楽殿があります。

神楽殿です。

御正宮(ごしょうぐう)に向かう参道の
途中にある建物で、お神札・お守り・
神宮暦・御朱印の授与、
ご祈祷・御神楽などを行っています。
古殿地です。

遷宮の前に正宮が建っていた場所です。
20年後には再びこの場所に移される
事になります。

奥に見えるのは心御柱のための
覆屋(おおいや)です。
「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」
という日本古来の建築様式を伝える
御正殿です。鳥居より先は撮影禁止と
なっています。

屋根は萱葺きで、9本の鰹木(かつおぎ
)がのせられ、先端の千木(ちぎ)は
内宮の御正殿とは異なり垂直に
切られています。
唯一神明造は檜の素木を用いて高床式の
穀倉の形式から発展したものといわれ、
現在まで脈々と受け継がれています。
正宮の鳥居の前に木製の塀があります。

これは正式参拝が出来ない僧侶が
この塀後ろから参拝するための
物だそうです。

神仏分離で神社と寺院が分離され、
僧侶は神社への正式参拝が
出来なくなったそうです。
参道にある御池です。

風宮です。

風の神である級長津彦命
(しなつひこのみこと)と級長戸辺命
(しなとべのみこと)をおまつりする別宮で、
鎌倉時代の2度に亘る元冦(げんこう)の
ときに神風を起こして日本を守ったと
されています。内宮にも同じ御祭神の
風日祈宮(かざひのみのみや)があります。

左手には遷宮前の跡地があります。

画面にポインターを置くと左手からの
眺めをご覧いただけます。

多賀宮(たかのみや)です。

外宮の別宮の中でも御正殿と同じ年に
遷宮が行われる最も格式の高い別宮です。
豊受大御神の荒御魂(あらみたま)を
お祀りしています。
約100段の石段を上った
檜尾山(ひのきおやま)上にあり、
高い所にお祀りされていることから、
昔は高宮とも書かれていたそうです。

伊勢神宮は参拝の際に、お願い事を
してはいけないと言われていますが、
この多賀宮のみはお願い事をして
良い場所なのだそうです。

画面にポインターを置くと
多賀宮に向かう石段をご覧頂けます。
(画面は下り方向です)
「下御井神社(しもみいのじんじゃ)」です。

祭神は下御井鎮守神
(しものみいのまもりのかみ)で、
外宮の御料水の守護神ないしは
御料水を汲み上げる井戸の守護神、
水神とされています。

別名「少宮(わかみや)」と言われます。

画面にポインターを置くと「覆屋」を
ご覧いただけます。
板垣の内側にある建物は社殿ではなく、
井桁の上に造られた「覆屋」です。

土宮です。

外宮の土地の守り神である
大土御祖神(おおつちみおやのかみ)が
おまつりされている別宮です。
風宮、土宮、多賀宮へ向かう道の
川に架かる「亀石」です。

普通にわたると気が付きませんが、
横から見るとまさに亀石でした。
御厩(みうまや)です。

皇室から牽進された神馬(しんめ)が
飼育されています。神馬は、毎月1日、
11日、21日の3度、菊花紋章の馬衣を
つけて神前に見参するそうです。



画面にポインターを置くと
厩の内部をご覧いただけます。
馬はいませんでした。
正面から眺める表参道火除橋と
一の鳥居です。
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