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皇大神宮(こうたいじんぐう)の創設については、 鎌倉時代の『倭姫命世記』に詳述されており、 倭姫命が天照大神をお祀りする場所を探して各地を 巡り、垂仁天皇26年(紀元前4年)に伊勢の国に 辿り着いたとき、「この国に留まりたい」という 天照大御神の神託があり、倭姫命は 五十鈴川上流の現在地に祠を建てて祀り、 磯宮と称したのが皇大神宮の始まりと言われています。 五十鈴川のほとりに鎮座する皇大神宮は、 皇室の御祖神であり日本人の大御祖神でもあります。 今から2000年程前、皇位の印として受け継がれる 三種の神器の一つである ご神体として伊勢の地にお祀りし、国家の 守護神として崇める伊勢信仰は平安末期より 全国に広がりがみられました。 2017年1月16日に久しぶりに参拝してきました。 |
宇治橋の前に立つ宇治橋鳥居です。 内宮参道の入り口です。 |
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宇治橋です。 正宮への参拝はご覧のように 右側通行になります。 画面にポインターを置くと 橋の上からの五十鈴川をご覧頂けます。 |
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宇治橋を渡って、正宮へ向かう参道です。 中央の道は天皇の通る神道です。 参拝者は両側の歩行者路を歩きます。 |
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参道の途中には三重県の酒蔵が 奉納した多種多様のブランド酒が 並んでいます。 こも被りもこれだけ並ぶと絵になります。 |
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一の鳥居です。 1・2月は参拝客が多いそうです。 3月以降は土日でもぱらぱら程度との ことです。 |
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手水舎(てみずしゃ)です。 ここで手を浄めて参拝します。 |
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五十鈴川御手洗場(みたらしば)です。 最近は川への転落事故があり、水位も 低いので、ここでの手洗いは控えて ほしいとの事です。それでも、多くの 参拝客が手を洗っています。 画面にポインターを置くと 五十鈴川で手を浄める人達を ご覧いただけます。 手を洗う人が絶えません。 |
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御手洗場の傍に有る「瀧祭神」です。 御祭神は瀧祭大神で、社殿を持たない 神社で、所管社でありながら別宮と同等の 祭祀が捧げられる特別な神社です。 |
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正宮(しょうぐう)の前にある 「御贄調舎(みにえちょうしゃ)」です。 お祭りの時にお供えするアワビを 調理する儀式の行われる場所です。 横にある塀は本殿に参拝できない身分の 人がこの塀の裏側から参拝するための ものです。 |
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正宮(しょうぐう)です。 天皇以外は本殿には入れません。 鳥居より内側は撮影禁止です。 社殿の中心の正殿は五重の垣根に 囲まれています。唯一神明造の古代の 儀式を伝え、茅葺の屋根には10本の 鰹木がのせられ、4本の千木(ちぎ)の 先端は水平に切られています(外宮の 場合は垂直に切られています)。 伊勢神宮正宮にはお賽銭箱はなく、 何かを祈願する神社でもないとの事です。 お参りするときはお願い事はせず、感謝の 気持ちのみをお伝えするのだそうです。 |
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正宮の北側(裏)にある荒祭宮へ向かう 途中にある「御稲御倉(みしねのみくら)」 (手前)と「忌火屋殿(いみびやでん)」(奥) です。 |
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左は一見高倉に見えますが、 御稲御倉で祭神は御稲御倉守護の神。 神田から収穫した抜穂(ぬいぼ)の御稲が 納められ、祭典に際し大御饌(おおみけ) として神前にお供えされます。 右は忌火屋殿で伊勢神宮内宮境内に 鎮座する各神様に供える神饌を調理する 所です。特に御火鑽具(火きりの杵と檜の板) を用いて得た忌火(清浄な火)で調理し、 辛櫃に入れ、さらに御祓いを行い 各神様に供えます。 |
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「荒祭宮」です。 祭神は正宮と同じ天照大御神です。 天照大御神の荒御魂を祀る別宮で、 荒御魂(あらみたま)とは荒々しく猛々しい 状態の御魂です。 正宮は「和御魂(にぎみたま)」という 穏やかな御魂が祀られています。 2013年の遷宮では別宮の中では 最初に遷御が行われました。 画面にポインターを置くと 側面からの荒祭宮とその横にある 遷宮前の社殿跡をご覧いただけます。 |
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「神楽殿」です。 ご祈祷のお神楽をするところになります。 |
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神楽殿(右奥)と並んでいる 「 御饌(みけ)を供えて 神さまにお祈りする 神殿です。 |
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神楽殿の南側(向かい側)にある 「風日祈宮(かざひのみのみや)」への 入口にある「風日祈宮橋」と鳥居です。 |
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「風日祈宮」です。 風の神を祀る別宮です。 鎌倉時代の元寇来襲の折、神風を 吹かせて日本を守った神様です。 画面にポインターを置くと 社殿の内部をご覧いただけます。 |
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風日祈宮の側面からの眺めと 遷宮前の社殿跡地です。 |
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風日祈宮橋から眺める 五十鈴川支流です。 |
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御厩前にある「御池」です。 錦鯉が泳いでいます。 |
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宇治川橋の全景です。 |
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