|
上総トップ |
袖ヶ浦市は市原市と 木更津市に挟まれ、市の 人口は約6万人。 袖ヶ浦の名前の由来は 日本武尊が東征の折、 東京湾で時化に遭い これを鎮めるため妃の 弟橘媛(おとたちばなひめ) が海に身を投げたあとに 妃の袖が海岸に流れ着い たことから名付けられたと 言われています。 市の財政は豊かで 千葉県では浦安、成田 に次いで3番目です。 |
公園の大きさはドーム球場5.4倍の大きさです。 | |||
市の中心部にある 袖ヶ浦公園です。 1月の庭は寂しいですが、 四季折々花で楽しめる 公園です。 写真は菖蒲園です。 丘の上左寄りに見える のは展望台です。 |
|||
梅林は数多くの 種類の梅の木が 植えられています。 一部の木には 既に花が咲いていました。 (*)ポインターで 花がご覧になれます。 |
|||
園内にある 袖ヶ浦弁財天です。 |
|||
弁財天の横には 下池があり、 沢山の鴨が遊んで いました。 白鳥も泳いでいます。 下池に対し、上池も あります(後出)。 |
|||
水と花壇に囲まれた 広々として公園です。 花の季節は 素晴らしい景観が みられるでしょう。 2月は梅。3月は菜の花 4月は桜、5月はひなげし 6月菖蒲、9月彼岸花、 10月コスモス、 11月紅葉、12月水仙 と花盛りです。 花の季節に訪れて 写真の差し替え しなければ・・・・・です。 |
|||
公園の西寄りに展望台が あります。 ここから公園の全体が 眺められます。 写真の下が公園です。 上部に広がる池は上池 です。 右手に郷土博物館が あります。 池の手前の沿道は 桜並木になっています。 |
|||
展望台の奥には 鏡峰神社が祀られて います。 (*) 神社に覆い被さるように 巨木が茂っていました。 |
|||
上池です。 正面の三角屋根が 郷土博物館です。 (*) 対岸はアスレチック コースと花見広場が 広がっています。 |
|||
郷土博物館の傍に 弥生時代の竪穴住居が 復元されていました。 |
|||
上総掘りの技術保存の ために設営された 上総掘りの現場です。 上総掘り技術保存会が 管理しています。 |
|||
郷土博物館と (*)その内部です。 |
|||
旧新藤家は元市内に あったものを博物館の 敷地内に移設した ものです。 新藤家は農家でかつ 幕末に代官を務めた 家柄で、それ以来大きな 改修がされず、当時の ままが残る建築物として 袖ヶ浦市の文化財に 指定されています。 (*) 住宅内部です。 |
|||
袖ヶ浦公園の傍にある 飽富(あきとみ)神社です。 この神社は平安時代初期 の文献に出ており、1千年 以上前から存在した 神社です。 地域の農民に信仰された 農業神です。 |
|||
袖ヶ浦海浜公園へ向かう 途中の海岸です。 ヤシ並木に沿った 海岸線はなかなか 見事な眺めです。 |
|||
袖ヶ浦海岸から眺めた アクアラインです。 右端に海ホタルが 眺められます。 |
|||
袖ヶ浦海浜公園と 東電袖ヶ浦発電所です。 工業地帯もちゃんと 絵になるのが不思議です。 |
|||
円形広場から展望台と ヤシ並木の眺めです。 広々とした芝生の広場は 年齢関係なしに楽しめる 場所でしょう。 (*) 展望台です。 この日は修理中で 登れませんでした。 |
|||
プロムナードから アクアラインを眺められる 場所です。 公園の北西端です。 |
|||
曹洞宗真光寺です。 ドイツ村の近くにあります。 開基は室町時代に 遡るようですが、寺院は 新しく建て直されています。 |
|||
右が本堂、左は庫裏です。 芝生の庭も珍しいです。 住職の手作りだそうです。 (*) 本尊は釈迦牟尼仏です。 |
|||
大元神社です。 詳細は不明ですが、 神道正教本院大元神社と 称しています。 高島易断などと同様 占いが有名のようです。 (*) 看板にもはっきりと 占いと書かれています。 |
|||
千葉 上総トップ | |||