況
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退院後2週間の生活状況は「退院後の経過」で書きましたが、それ以降の状況を
今後も引き続き記録しておこうと思っています。
日記ではなく、症状に関わる状況を記録しておきたいと思っています。
それとは別に癌保険にも少しふれておきます。知らないと言うことはやっぱり損します。

2015年8月~
2016年7月
2015年8月でいよいよ術後三年目に入った。局部的症状を含め、全く認識される症状はない。もっとも、術前にも
特別な症状が有ったわけではないので、頻尿、尿漏れなどの経験は皆無。ただ、肛門括約筋の能力低下か、排便の時に
すんなりと行かない状態にある。放射能の影響かと思うが、担当医は「そんなことはない」との一言。
術前との違いはその程度かな。
診察は3ヶ月ごとで、年間4回。昨年来、夜起きるかどうかの質問もなくなり、前回の血液検査の結果表を手渡され、
「問題ない」の一言で診察はおしまい。往復に3時間強、短くなったものの、病院での待ち時間が3~40分、診察1分。
ただ、採血は昔は診察後に看護婦さんが行っていたのが、現在は採血室で行われ、診察前に早めに行って
採血できるようになった分、時間短縮となっている。
2年目の昨年でもそうだったように、普段の生活の中ではもはや癌患者である認識は全くなくなっている。
相変わらず、旅行、ゴルフなどなど、結構忙しいスケジュールをこなす生活を送っている。
診察後に渡されるPSAの時系列グラフも下記通り殆ど変化ない状態。
PSA数値は2015年3月26日の0.251をピークに徐々に下がっており、2016年2月4日の結果は0.139まで
低下している。ただ、担当医からの完治宣言は出そうになく、当分通院は継続されそう。

「男の料理」で一緒に活動しているF氏が2015年11月の前立腺生体検査結果、2か所に癌細胞、2か所に癌になる
可能性のある細胞がありとの事で、医者からは要治療の宣告を受けたとの連絡有り。結局翌3月に全摘手術を
行い(ご本人の報告では癌のレベルが10段階の7段階だとの事。グリッソンレベルがどの程度かは不明だが、
東邦医大付属佐倉病院では全摘以外の処置が出来ず、医者もこれを勧めたものと推測できる)、やはり、
数か月は尿漏れ、頻尿が心配で、活動を暫く休止された。結果如何に関わらず、如何なる措置を取るかを決めるのは
簡単なことではない。
2015年1月~7月 2015年3月26日に本年最初の診察で、従来通り特に問題なし。7月2日に処置後2年目の診察を受ける。
丸二年経過したことで、通常の生活では癌患者であったことを考えることは殆どなくなり、仲間との病気の話や、癌関係の
話しの折に、話題として話すことがあっても、身体的には全く影響を感じない。
診察も毎回、血液検査の結果評価のみで、その結果グラフも2015年になると、男性ホルモン数値も記載されなくなった。
但し、ハルナールの服用は継続され、その調剤票を貰いに行くだけの診察日となっている。


表が見難いけれど、右端は2015年3月26日の血液検査結果。PSAは0.25、
その左は2014年12月18日の結果で血中テストステロン(男性ホルモン)234で1年間ほとんど変化なし。
その結果によるものか、2015年からは血中テストステロンの数値が記載されなくなった。

生活面では1月にミヤンマーへ、2月にベトナムへ旅行し、4月には上越高田へ花見に、5月には北斗星のラストランで
北海道へ、6月には鹿児島、宮崎をレンタカーで廻るというスケジュールを消化、更に、ゴルフは3月以降ほぼ週一を
こなしている状態。脊柱管狭窄症も、身体を動かしているためか、病状が進行しているようには思えず、長距離は
無理としても、そこそこ歩くことができるようになっている。

会社の同期のN氏が全く同じ症状で、同じ病院、同じ担当医に掛かっているが、彼はこのHPを見て、担当医に
「小線源治療」を求めたところ、レベル的にこの治療は出来ないとの事。結局、彼はホルモン投与により、患部を縮小させ、
7月から6週間の放射線外照射治療を行うことになった。やはり、症状のレベルによって、対応できる処置が異なることが
判った。早期発見は前立腺癌の場合でも必要なことだと認識させられる。
2014年12月18日  9月11日に次いでこの日が本年最後の診察日。
8月に病院の改修が終わり、新しい設備での診療となり、9月の診察時は待ち時間ほぼゼロの予約時間より早めの診察。
やはり、新しいシステムになるとこんなに違うのかと思ったが、今回は何時もと同じ2時間待ちの1分診察に逆戻り。
今まで診察後の採血が先に行われ、受付番号が診察室の前の電子ボードに表示される。自分があと何番目かは4番目
くらいからわかるようになるが、それまではあとどのくらいの時間待ちかはやはり判らない。ひたすらボードに自分の受付番号
が表示されるのを待つ。
診察は毎回同様に「夜はどう?」「80%以上起きることは有りません」「それはすばらしい」、血液検査の結果のグラフを見て
「数値的には問題ない。大丈夫だよ」で本日の診察もおしまい。
でも、完治の声はなく、次回の予約も入ったので、まだ当分は通院が続きそう。
2013年4月のホルモン剤投与開始から、前回9月11日までの血液検査の結果グラフは下記ボタンで添付通り。
結果グラフ

脊柱管狭窄症はリハビリと毎朝のストレッチ体操の効果があったのか、ほぼ転倒前の状態に回復。旅行でも普通に
歩けるようになり一安心。

お蔭で無事に年を越せそう。

2014年7月17日 昨年の7月19日が小線源治療日。ほぼ1周年となった。体調的には完全に術前のレベルに戻っていると判断できる。
放射線量がほぼゼロになった為か、下腹部が軽くなった感じ。排尿は全く問題ないが、排便が昔に比べてスムーズでなく、
肛門括約筋の働きが弱くなったような感じ。これが後遺症かどうかはわからないが、生活上の不便にはならないので、
まあ様子見の状態。体重は68kgを切ったり、少し上回ったりの水準で保たれている。ゴルフ場の計量器では66kg台が
多いが、これは空腹時の体重と認識。出来ればあと2kgほどは減らしたいもの。
脊柱管狭窄症もリハビリのおかげか転倒前の状態のほぼ80%レベルにまで回復している。長時間の歩行は無理だが、
日常の歩行には少し痛みはあっても問題ないレベルとなった。
毎朝のストレッチ体操は我流のスタイルなので、これも次回のリハビリ時に理学療養士の意見も聞いて、内容を
再チェックしてみよう。
健康面では結局色々な症状を抱えたままだが、それぞれが大きな問題とならないように生活することで、今まで通りの
日常が維持できるとの自信が深まった。術後1年経過を機にこの現況もしばらくお休みにして、万一何か症状に変化が
出た時点で再開することとする。
前立腺癌に悩む方々の気持ちの解放に少しでも役立てられたとすれば、何よりです。

2014年6月5日 日医大での診察。15時30分からの予約で少し早めに着いたが、今回はほぼ時間通りの3時半過ぎに診察開始、
何時も通りに「夜間の目覚める回数は?」との質問。最近は全くないと回答したら、「それは素晴らしい」との同じ話。
ただ、今回は今までの薬を一つ減らして、ハルナール錠のみの投与となった。もう炎症の可能性もなくなったということに
なる。排尿はほぼ術前のレベルにまで回復している。日常生活の中では前立腺に関わる問題は何もなく、殆ど気にする
事もなくなった。次回診察は9月11日。次回の診察の折には通院が今後も必要かどうか確認してみたい。
むしろ、脊柱管狭窄症の方が昨日のMRIの結果では症状が進み、管がほとんど閉鎖した状態にある。
医者は手術を行ってもおかしくないレベルとの判断。こちらは手術は避けたい気持ちが強く、そう伝えると、ともかく
リハビリをやってみようとの事で、診察後リハビリに入った。今後週1回か2回通うことになる。

2014年6月2日 術後ほぼ1年を経過し、シールドの放射線量もほとんどなくなっているはず。ここ最近は夜中に尿意で起きることもなくなり、
朝6時ころまでは寝られる。ただし、家内の言によれば最近またいびきが激しい由。何が原因か??
4月末に上高地、飛騨高山、立山、安曇野と回った折に、安曇野のレストランで電飾のコードを足に引っ掛けて転倒。
当日は左手の擦過傷以外は特に問題なかったが、帰宅して数日後から右足に痛みが出始め、寝返りも困難な状態に
なった。打撲傷なら日数を重ねればよくなるだろうとそのまま様子見としていた。5月半ばころからは朝方の歩行が
極めて困難で数分歩くと脚のみならず下半身全体に痺れ感が広がり、陰部の感覚までなくなる状態。
脊柱管狭窄症が進んだのだろうとは思うもやや不安となり、西川整形外科でレントゲン写真を撮って調べてもらったが、
特段の所見なく、改めて4日にMRIを撮ることになった。
5日は日医大の本年2度目の診察日。6日は歯医者で奥歯3本の入歯作成と医者通いが続く。
ブラキセラピー術後ほぼ1年が経過し、当初に感じた下腹部の違和感もまったくなくなり、排尿もごく自然な状態に
なりつつあり、前立腺癌についてはほぼ治癒しているのではと感じている。いずれにせよ、5日の診察結果が待たれる。

2014年4月7日 東京日医大での手術が確定してほぼ1年が経過した。
結果はやってよかったと言うことだろう。現在の状態はまだ夜中の排尿があるものの、普段の排尿の感じは
昨年4月頃とほぼ同じレベルになっている。日中の排尿の回数もそれほど多くなく、飲食途中でのトイレ行も
全くない。腹部にあった僅かなツッパリ感もなくなっている。恐らく炎症も無くなったのだろう。
ムービック錠とハルナールD錠は現在も服用継続中。次回診察時には投薬中止になるのではと思う。
こちらから言い出すとまた医師に叱られそうだけど、薬をもらうためだけに通院するには病院が遠すぎる。

2014年2月27日 本年最初の検診日。14時15分からの予約になっていたが、今日は15時前にはお声がかかり、15時半には
病院を出られた。こんな日もあるんだ。
診察はいつも通り、夜の排尿の回数の質問。「概ね2時頃に一度トイレに行くケースが多いが、朝まで起きないことも
けっこうあります」と答えたら「それは素晴らしい」で今日の診察は終了。前回11月の血液検査結果の説明で
8月のPSA0.053から0.24にやや上昇しているが問題ないレベル、テストステロンは8月の12.0から379に上昇、
これは一時的なもので先に行けばまた下がるとの事。
いずれにしても「大丈夫」との医師の言葉を信じるほかなし。
昨年までの排尿時の違和感は全くなくなっており、前立腺癌は基本的に治癒したと考えてもいいのかも。
次回は更に間隔があいて6月5日の14時45分からとなった。

2014年1月27日 昨年の12月にはマイアミからクルーズ船に乗り、カリブ海の航海を経験。船旅と言うのはホテル生活と変わらず、
時間の上手な利用が必要で、船内ではいろいろなイベントが行われており、自分たちに適したアイテムを選べば
1日楽しめる。
今年の最初の海外旅行は19日からスリランカ~インドを回ってきた。スリランカは思っていたより清潔な国で、
春のシーズンを楽しめた。インドは2回目なので、かつ、同じ様な季節に同じ場所も訪れたので回想の旅になった。
2度の海外旅行も無難にこなし、体力的な問題は残るものの、前立腺癌の後遺症状は全く感じることなしに動けた。

2013年11月21日 8月の日医大での検診後3ヶ月経ち、今日は二回目の検診日。予約は3時30分~45分となっていた。
海外旅行用に英文での小線源治療実施済みの証明書の発行を依頼していたので、30分ほど早く病院着。
1年間有効の証明書で費用は税込5,250円。国によって微量の放射線でも税関で引っかかる可能性があり、
特に米国へは証明書携帯するようにとの説明が有り取得したもの。それにしても病院の証明書類は高額かつ
本人申請が必要で往復の時間と交通費もばかにならない。
医師の診療が始まったのが遅かったのか、何時までも呼ばれない。隣に座っている人の予約表がちらっと見えたら、
予約時間が2時45分~3時となっており、4時過ぎでまだ呼ばれてないと言うことは更に1時間はかかるかなと
思っていたら、案の定名前を呼ばれたのは4時半過ぎ。診察かと思ったら先に血液検査用の採血をするとの事。
更に待って5時過ぎにやっと名前が呼ばれた。
「調子はどう?」との質問に、最近の状況を説明したら「大丈夫だよ」「そんなこともあるよ」「心配ないよ」の三言で
診察終了。その間2分。8月までのPSAの数値の変化をグラフにしたものと8月22日の血液検査結果表を貰って
その日のすべてがチョン。3時間で3分間。まあ、これが大学病院の診察の現状なんだろうなぁ。
次回診察は2月27日(木)2時15分からとなった。「一応2時15分だけどね…」と医師からは含みのあるお言葉。
8月22日の血液検査結果でのPSA値は0.053。これが前述の医師の言葉の根拠なんだろう。
併せて男性ホルモンの数値である血中テストステロンがグラフに併記されており、女性ホルモン投与前の1月17日の
同数値は419(基準値250~1100ng/dL)で女性ホルモン服用後の4月18日が8.8(最低値)。その後
5月10.7、6月18.8に上昇したが8月の数値は12。おそらくこの程度の数値では男性ホルモンが前立腺癌に
与える影響もほとんどないのだろう。
余り細かな説明もせず、短時間で診察を終えると言うのは前立腺癌と言う病気がそれほどシリアスなものではないと
言うことを患者に感じさせるための処方とすればそれはそれで理解はできる。もう大丈夫なんだと。
したがって、この現況の記録を続ける意味もあまりなさそうなので、以降は特別な状況の出た折に記載することにしよう。
今日まで続けた尿の測量も本日までとし、体調に何か変調があるようなら改めて計測しよう。
なお、シールドの放射線量は2ケ月が半減期なので現在は既に1/4に減っているとの事。放射線の証明書も要らない位の
線量になっているんじゃないだろうか。

健康のありがたさと大切さを感じた1年だった。今年も残すところあと1か月余り。12月にはカリブ海のクルーズを予定。
ゴルフや旅行を楽しめることのありがたさを実感している。


2013年11月18日 佐倉市民カレッジ同期生のコンペ。多古CC。さすが8日間で4回目のプレーとなると疲労も蓄積しており、
狭窄症の症状が強くなり、臀部から太腿にかけての痛みが強い。ゴルフも53・56と最悪のスコアでBB賞。
体調を気遣いながらのゴルフでは楽しめないのが問題。やはり無理は禁物か。
前立腺の問題より脊椎管狭窄症の方が身体に感じる負担が大きい。と言って手術でもしない限り今の状態を
続けるしかなさそう。まあ、歩ける間は病と共存して行くしかなかろう。

2013年11月16日 北京滞在時代の異業種の人達との集まりで野田市にある野田パブリックコースでゴルフコンペ。
ここは河川敷だが川は見えずまずまずコース。フェアウェイ―にカートが乗り入れられるので歩く必要が少なく助かる。
それが原因でもないと思うが、この日も45・49でハンディが19と多目のおかげで優勝。
歩行数もゴルフプレーの間で7千歩程度と何時もより相当少なく運動量は少なめ。
外出すると緊張感からか尿意の起こるのが少なく、早朝の出発にもかかわらず、午前中は殆ど尿意なし。
帰宅途中も飲酒後にもかかわらず、会食場所から自宅まで2時間程度は尿意はなし。
自宅にいる時の状態を考えると心配が無い訳ではないが、まあ、大丈夫だろう。

2013年11月14日 久し振りに外出の予定なく、終日自宅。歩行数0。
自宅に居て何かをやっている時に尿意を感じ、ぎりぎりまで我慢しているとトイレへ到着前に出てしまいそうになる。
実際に止めきれずに下着を濡らしてしまう。自宅と言う安心感からの症状かもしれないが、今日で2度目。
排尿を我慢できるのが前立腺の機能なのか、括約筋の機能なのかよく判らないが、ここ1ヶ月前くらいから直前に
漏らす、あるいは漏れそうな状態が起こる。外出時にはわずかな尿意でも極力早めのトイレ行を実行しており、
漏らすことはないが気にはなる。
11月に入ってからも夜中に1回起きることが多い。大体1~2時頃になる。量が結構多く400cc程度になる。
就寝に排尿してから2~3時間後なのに量が多い。日中は2時間おきくらいにせいぜい100~150cc程度なのに
就寝前に水分を多量に摂っているわけでもなくてこの量はどうしてだろう。不思議。

2013年11月11日 親父の食事同好会ゴルフコンペ。15名の参加。土浦CCでニューぺリアでの競技。45・48と可もなく不可もない成績。
但し、パーを取ったホールすべてが隠しホールから外れ、高ハンディのおかげで2位(コンマ以下の数値で実質優勝だが
整数にした場合は同ネットとなり、ハンディの低い方が優勝)。この会での入賞は久しぶり。
今日から来週月曜までの8日間で4回のコンペ。ちょっとキツイかなぁと思うけど、まあ調子の良い時にやっておいた方が
良いかも。いつも通りずっとカートに乗り続け歩行数も11,185歩と比較的少なめで終わった。
尿意を感じてから排尿までの時間が短くなり、慌てることもあるので早め早めの排尿を心がける。とは言え、2時間から
長いと3時間程度は間が空く。今日も午前中はプレー途中での排尿はなし。午後は食事の時の飲料摂取もあり、
プレー途中で2度ほど排尿。
身体を動かしているのに、相変わらず体重は減らず、60kg台は遠い。

2013年11月7日 カレッジ仲間と川村美術館へ。雨で庭園は歩かず、館内で説明員の説明付で絵画鑑賞。説明されるとなるほどと
感じることが多い。川村美術館は大日本インク創業の川村家の収集品を展示しており、この日はエーリッヒ・ブラウアーの
<ソロモンの箴言より>と言うテーマでの12点の連作版画を特別展として鑑賞してきた。常設会場もルノワール、モネ、
ピカソ、マチス、ブラック、レンブラントなどの名画を見られる。
午前中で鑑賞を終わり、昼から皆で会食。
美術館内を歩くのはやはり辛いので時々は腰かけて休まなければならない。それ以外は特に気になることもなく、
一日を過ごせる。

2013年11月6日 町内の高齢者の会主催のバスツアー。毎年春秋の2回実施で、これもすべての企画運営を担当している。
今回は群馬館林の茂林寺と栃木足利の足利フラワーパークへ行く。いつも通り添乗員とガイド役をしている。
高齢者が多いので気を使うことも多い。最高齢は94歳。この方は前回5月のバスツアーには骨折で不参加であったが、
恢復しツエが必要ながら元気いっぱいであった。自分などまだまだ若造扱い。
往路の首都高速が渋滞で予定の時間から遅れ気が気ではない。目的地で出来るだけ長く滞在時間を作れるよう
走れるところは出来るだけ速く走るよう運転手には頼んでいるが、無茶されても困るし難しい。
茂林寺で分福茶釜を見てもらい、フラワーパークではアメジストセージが満開の中を散策してもらった。
公園内の時間が短いかなと思っていたが、皆さん結構ゆっくりしてもらったようだ。帰りはほぼ渋滞もなく
大体予定通りの時間に帰着。故障者もなく戻れるとホッとする。
家内からは自分の健康も考え人の世話もいい加減にしたらと言われているが、皆に喜んでもらえるとついつい
まあいいかとなってしまう。退け時を作るのはなかなか難しい。
ただ、以前に比べるとこうした人の面倒を見る作業に疲れるようになった。とは言え代わりの人を見つけるのにも
苦労するので、はてさてどうしたものか。
今日のようなバスツアーでは高齢者も多いので出来るだけ短い時間でトイレ休憩を作るので、自分としても心配は
少なく、殆ど排尿への不安はなかった。ただ、トイレへ行くとなると切迫感が強くなる傾向がある。
脊柱管狭窄症も人の面倒を見なければならないとなると痛みも薄らぎ、歩行距離も長くなる。
ただ、臀部の痛みはどんどん強くなり、モーラステープの効果が以前ほど効かなくなりつつある。

2013年11月5日 循環器系クリニックでの定期診察を受ける。息切れの激しい原因はよく判らない。聴診器による心音には
特に異常はないと。先月のめまいは脳、心臓系ではないと。起き上がったり動いた時のみの眩暈はむしろ
耳鼻科系だろうとの診断であった。脳に起きる眩暈は横になっていても生じるとの事。いずれにせよ、先月19日以降には
発生していないので一過性のものだろうと思う。次回は1月の予定。

2013年11月3日 文化の日と言って、特に文化的な事をするわけでもないが、町内の人達と麻雀大会。3ヶ月に一回開催され、
4~5卓成立するが、今日は3卓のみ。4回戦で3回目でトップに立ったが、4回目にツキに見放され、逆転で
3位。下手だなぁ~と思う。
11月に入って10年ほど前に作った葡萄棚の修理を行う。ジョイフル本田で丸太と竹を購入し、腐った柱の交換と
支えの竹を新しくする。少しづつ進めるので今日も午前中では完成せず、明日に持ち越し。
楽天イーグルスが日本シリーズを制して初優勝。東北振興には良かったかも。神戸大震災の時はオリックスが
優勝したし、2年遅れとは言え楽天の優勝は何より。
尿の測量は相変わらず続けている。惰性の感無きにしも非ずだが、まあ、3ヶ月は継続して11月の日医大の
検診後にどうするか考えよう。無駄ではなかったと思うし、色々判ったことも多い。

2013年11月1日 もう11月。今年も残すところ2ケ月になった。中途半端に暑かったり寒かったりで健康管理には気を使う。
と言いながら特段の対応するわけでもなく、自然体で暮らしている。
午前中は「悠遊くらぶ」の例会で料理作り。例会は毎月第一金曜日にちばコープの料理室を借りて行う。
メンバーは15名だがいつも12~13名の参加。二手に分かれて2~3種類の料理をレシピに従い作る。
翌月は同じレシピで前月作らなかった料理を作る。前月の結果で何を改善するかが判っているので、
二回目は概ね良品に仕上がる。男だけの料理の会なので結構楽しくやっている。
前立腺癌の処置から3ヶ月目に入った。このレポートを書く時以外は正直殆ど意識の中に前立腺癌は存在しない。
健康と言うのは身体の問題とともに心の問題と痛感する。楽天的すぎるのかもしれないけれどもう大丈夫と
言う気持ちが強いので特に意識することもないのかもしれない。このレポートを続けることで心のケアにも
なるのかもしれない。まあ、もうしばらくは記録を続けよう。

2013年10月31日 今月最後のゴルフ。4月に会員権を手放したグレンオークスでのプレー。年内は会員並みでのプレーを
保証してくれているので助かる。元の会社の同期仲間4人でプレー。ワイ・ガヤのゴルフで結構楽しい。
アイアンショットとパターの不調で48・46の94。4パットまでやってしまった。握りはナッソーはチャラ、パット不調で
オリンピックの一人負け。でも900円で済んだ。
歩き方がやはり腰痛持ちの歩き方なのか、同伴者が気遣ってくれるが、本人は痛いのは痛いけれど好きな事
やってる分にはなんとか我慢できるから脊柱管狭窄症とは言え症状的にはそれほど深刻な状態ではないのだろう。
この対応はゴルフが本当にできなくなった折に考えることにしよう。手術は早い方が良いとの話もあるが、万一、
手術の結果でゴルフも出来ない状態になる方が怖い。
前立腺の方は普段は全く気にならなくなっているが、朝起きた時の排尿の勢いがなく、締めの悪い水道栓のような感じ。
でも、量的には350~400ccは出る。夜間の尿意は毎日ではないが、時々2時前後に起きる時が多い。この場合、
明け方に再度起きるが尿量がいずれも400cc近くある。夜中に起きないときも朝一の尿量は400cc前後。
夜中に起きないから朝の尿量が倍になるわけではない。なんでだろう??だから夜中に起きるのかな??
寝る前にそれほど水分を取るわけでもないのに、この違いは何で起こるんだろうかな??
術後は頻尿もなく、外出にも心配はないが、トイレのあるところではどうしても極力済ませる習慣になりつつある。
体重は相変わらず71kgプラスマイナス1kg前後で推移している。何とか2~3kgの減量をしたいのだが・・・・

2013年10月29日 午前中にグランドゴルフを3Rやり、午後から東京上野の美大美術館へ興福寺展を見に行った。白鳳の貴公子と呼ばれる
国宝「銅造仏頭」や同じく「十二神将像」が出展されており、じっくりと鑑賞できた。
健康面ではその後めまいも起こらず、体調的にはこれと言った不具合はない。外出にも全く不安はない。
歩くのは相変わらずつらいが、ある程度歩くと痛みも薄くなる。

2013年10月27日 午前中は「飛ばそう会」の例会で凧作り。連凧と奴凧の制作。年寄り6名でこれらを製作して新年に揚げる予定。
毎年凧揚げ大会に参加してなにがしかの賞を貰っている。来年も賞を目指しての制作になる。作ることもさることながら
その過程でのみんなとの交流が楽しい。器用な人も不器用な人もそれなりに楽しめるのが良い。
午後からは孫娘二人のピアノ発表会。練習中は親から色々言われていたが、本番ではうまくこなした。
褒美に夕食をご馳走する。ステーキが良いと言うことで小学生の孫たちが200g以上の肉を食べるのには感心。
先日のテレビの健康番組で肉をしっかり食べた方が太らないと言うことで、ただし30回以上噛むことが条件との事。
ライス抜きでサラダと肉だけ250gをしっかり噛んで食べた。
ここ数日気温が下がっているためか、一日の尿量がずいぶん増えている。排尿の回数も10~12回/日。

2013年10月26日 志津公民館で「親父の食事学同窓会:OSD」の料理。メニューは秋刀魚のまぶしごはん、茄子の素揚げ、芋煮汁。
いずれも美味に仕上がった。毎月1回の例会が行われ、毎回不特定の会員との合作となる。
料理の途中で尿意を催したが今まであまりないことで、手術の結果の影響がいくらかはあるようだ。
新聞の広告に尿もれ用のパンツが出ていたが、吸収容量が1回150cc、4回分と出ていた。今までの自分の尿量を
記録していて、昼間の1回あたりの尿量は大体100~200ccで平均すると約150ccとなる。夜間も朝一番の尿量が
300~500ccなので丁度1枚のパンツで履き替える必要がなさそう。企業はやはり色んなことを調べて製品に
反映させているんだなぁと、思わぬところで感じ入る。

2013年10月25日 朝から9月26日の検診結果を聞きに掛かりつけの医者へ行く。血液検査を含め特に所見はなし。ただ、許容範囲内に
あるとはいえ、血糖値が109と制限いっぱいなので、糖の摂取に十分気を付けるようにとのアドバイスあり。
血液検査でついでに見てもらったピロリ菌の存在もなしとの結果であった。
胃カメラの再検査は急がないので来年1月に行うこととなった。自治体の集団検診では細かい点でのアドバイスが
ないので、この点では掛かりつけの医院で検査するメリットは十分ある。検査費用は70歳以上は無料。
午後は印西市にあるジョイフル本田へ凧用の竹ひごなどを買いに行く。ヒューム管など細かい部品もあり便利。
来春の市の凧揚げ大会用に手製の奴凧を製作予定。幅1.4m、高さ1.6mの凧になる予定。
ここ数日の歩行数が少ないせいか、体重が71kgを切らなくなった。昨日は72.2kgと今月では最も増えてしまった。
食事は夜の米飯を摂らないことを継続しているが、効果が出ていない。

2013年10月23日 昨日までの疲労蓄積が心配だったが、まあまあの体調。快調とはいかないが、先週土曜日のようなめまいも起こらず、
日常の作業をしながらおとなしく一日を過ごす。
20日は気温が下がり肌寒かったせいで尿意が近く、一時間おきくらいに小用に立った。尿量も毎回150~200ccほど
有り1日量としては10月2日の2.2Lに次ぐ1.9Lとなった。普段は1~2時間でせいぜい100cc程度なので、気温が
下がると尿量が大幅に増えるようだ。
人間の身体と言うのは本当によくできていると思う。20日前後はほぼ1.3L程度で推移しており、急な気温の下落は
排尿を促すらしい。
今週後半は予定が少なく、台風の為ゴルフも中止になっており、少し体調管理のための静養に充てることにするか。

2013年10月21日~
          22日
家族みんなから自重を促されながらも、温泉で休養する方が良いと、かねてから予約済みの会津地方もみじ見物ドライブ
ツアーに参加。白川甲子高原の雪割り橋、塔のへつり(岪:この地方で崖、断崖などの方言)、裏磐梯五色沼、中津川渓谷、
浄土平、吾妻小富士を回る。歩き回る方が体調が良い。温泉の効用か、二日目の肩、腰の痛みが随分楽になった。
今年は紅葉が遅れているとの事で、標高の低いところではまだまだの感あり、標高1,000m以上の所で何とか紅葉
らしい場所が見掛けられた。ただ、標高の高い浄土平、吾妻小富士では雨に遭い、せっかくの紅葉狩りも台無しとなった。
昨年は愛知の香嵐渓へ行ったが、こちらは紅葉の時期が早まり赤茶けた紅葉狩りであった。今回は青っぽい紅葉狩りで
終わった。
昔に比べるとこの程度のバスツアーでも結構疲労が蓄積される感じがする。脊柱管狭窄症の影響も多分にあると
思われるが、足腰の弱りがそのまま疲労蓄積に繋がるようだ。せっかく行くのだから出来るだけ多くのものを見ようと
人並み以上に走り回るのも原因になっているのかも。二日間で歩行数は約3万歩。4~5年前なら旅先で1日で3万近く歩いた
事もあるが、70歳台の体力にはそれなりの限界もあるのだろう。少しは自覚しないと(と家内が言う)。

2013年10月19日 町内の高齢者の会でそば打ちを企画していたが、あさ9時ころからめまいを感じ、歩行が不安定なので、道具類のみ運び
そのまま近くの医院へ行った。診察前に看護師への説明から医師は診察待たずにすぐ脳外科へ行くようにとの指示あり。
日医大北総病院の脳外科で診察を受けた。MRIの撮影結果からは脳の障害は見つからず、特に心配はないとの診断。
めまいが続くようなら別途血液検査を含めた別の検査をしてみようとの事でこの日は終了。
そば打ちの会はお任せにして帰宅し少し静養することにした。昨日のバス旅行の心身の疲れや夏の暑さからの気候の変化に
対応しきれなかったことも原因かもしれない。まあ、年齢相応の体力劣化は避けられないのだろう。
昼過ぎからテレビで日本オープンゴルフを見る。そのあとも女子の競技を見て、半日ゴルフのテレビ観戦となった。

2013年10月18日 コープの支援する料理の会で年一回バス見学会が実施されるが、数年前からこのツアーの企画と実施を受け持っている。
往復300km以内でコープ指定の見学先と適当な観光地を組み合わせ会のメンバーとコープ会員の参加を募っている。
今回は茨城県の乳業製品生産工場と那珂湊のおさかな市場、およびひたち海浜公園に行った。参加者44名。
企画、添乗、ガイド役を引き受け、行程の管理も行う。
行程での大きなトラブルもなく、予定通りに実行できたが、参加者としては見学、買い物の時間が短いとの印象が強く有ったようだ。
44名が一緒に行動するとどうしても個人ベースよりも時間がかかってしまうが、今回はひたちなかから潮来までの間の
走行時間が予想以上にかかってしまったのが原因。
添乗して心配だった途中での尿意もなく、いつも通りのペースで対応できた。
水分を控えたためか尿の量も何時もより少なめで、昼のビール(グラス一杯)の影響もなし。
ただ、行動中の息切れは以前より強くなっており、医者の言う弁膜症の進行があるのかもしれない。冠状動脈の閉塞時より
息切れの具合はひどくはないし、ちょっと症状も異なっているので狭心症とは関係はなさそう。

2013年10月15日 連休明けは早速のゴルフ。独身時代の寮仲間とのコンペ。台風来襲の予報もあり、如何するか迷ったが実施に踏み切る。
ほとんど雨も降らず、風も吹かずでコンディションとしては上等。早めのスタートだったこともあって、雨が強くなる前に
ホールアウトできた。スコアは44・46の90でまたまたの80台はならず。NPは一つ獲れた。
プレー中の尿意はほとんどなくなった。プレー後に皆で一杯やったが、途中で立つこともなく3時間を過ごせた。
体重は相変わらず70.2~71.4kgを行ったり来たり。一日の歩行数が多いと言って体重が下がっているわけでもない。
尿の量もここ数日は1L~1.3L程度になっている。尿の計量もなんとなく習慣化しているが、完全に計測できている
訳でもないし、継続する意味が何かあるのかどうかも定かではないが、取敢えず3か月は続けてみるつもり。
体重は毎日計測して記録することで減量につながると言われているものの、今日現在その兆候もない。
自分の身体は自分で守るしかないのだが、はてさて、如何するのがベストなのか???

2013年10月13日 三連休の中日と言うことで道路も少しはすいてるかと埼玉県行田市まで出掛けた。忍城(おしじょう)址にある
郷土博物館を見る。思いのほか内容のある展示品であった。周辺部にも見るべき遺跡なども多く、朝出掛けるのが
遅かったので見きれない状態。改めてもう一度ゆっくり来ることとする。
ここ数週間来陰茎の変化が出ている。女性ホルモン剤服用以来、小さく縮こまって叢の中に凹んでいた陰茎が、
その太さを増し、存在を誇示し始めている。朝方には硬度も増して、所詮は「厠までの命なりけり」ながらもしっかりと
しており、おやおやである。術前に医者から性機能の喪失の可能性を指摘され、「この歳ですからそれほど気には
しません」と答えたところ、「皆さん意外にそうでもなさそうだよ」との話があった。
確かに、男のシンボルに力が漲ることは性交渉の可否にかかわらず男としての自信に繋がるような気分もあり、
なんとなく若返る気もする。
ただ、これだけシンボルを萎えさせた女性ホルモンの効果がPSA数値を激減させたことを考えると、男性ホルモンの
復活は癌細胞への悪影響がないのだろうかと考えさせる。
病と言うのは余分なことを色々と考えさせるものだが、まあ、それはそれとして今まで通りの楽天的思考で行った方が
心身の健康には良さそう。
息子の嫁の誕生日で孫も入れて外食。予定の店が超満員で別の店で済ませたが、景気の回復は進んでいるのだろうか。

2013年10月10日 「ひとみの会」ゴルフコンペが東京国際空港ゴルフ場で開催され、前半のハーフで久しぶりに40と言うスコアが出た。
トータルでは88だったがハンディ18で優勝。
優勝に浮かれたわけではないが、帰りに車のトランクの中に車のカギを置き忘れ(乗せたバッグから時計を取り出した時
バッグのそばに置いてしまった)、保険会社経由でカギ屋さんに来てもらい、解錠してもらうと言うひと騒ぎ。2時間ほど
予定より帰宅が遅れてしまった。ボケの始まり??
体調はほとんど変わりなくここ数日夜中の尿意もなく、尿量にも大きな変化なし。ただ、一旦下がった気温がここにきて
またまた高くなり夏日が続いている。その影響か尿の回数、一日の総量ともに減少傾向にある。
気温と尿量にはやはり一定の相関関係がありそう。
体重は相変わらずで、ここ10日間で最多71.4kg、最少70.4kgで推移。増えたり減ったりだが1kgの範囲内。
夕食の米飯停止も今の所良い結果につながっていない。散歩は夕刻に変更して継続中。

2013年10月7日 北京時代の仲間の集まりで神田で会食。久しぶりに帰宅が23時近くなりタクシーでの帰還。帰宅途中で気分が悪くなり、
駅のトイレで排便。嘔吐はなし。飲酒量は生ビール2杯と紹興酒が小グラスに1杯、梅サワーを1杯だけなので飲み過ぎた
訳ではない。最近の排便の状態がスムーズではないことから來る症状かもしれない。前にも述べたように便秘症と
言う訳ではないが、排便後のすっきり感がなく、残便感が強く、直腸への放射線の影響かもと考えたりしている。
帰宅後入浴就寝。気分の悪さはなくなっていた。

2013年10月3日 「いちもく会」の例会で今日はパークゴルフ。成田にある谷養魚場附設のコース。3R回り88/パー81とこれもまずまず。
14名で回って2位。結構気温も高く、汗をかいた。昼は皆で宴会。ビール少々を飲む。汗をかいた所為か尿意もなく、
活動時間中の排尿なし。右肩関節の痛みは相変わらずで、腕を上にあげると鋭い痛みを感じるが普段の生活には影響はなく、
運動中もまったく気にならない。ただ、右腕を後ろに回すと痛い。
排尿より排便に苦労する。相変わらず自然な蠕動による排便は少なく、もんだり擦ったり力んだりの繰り返しで何とか出せる状態。
何時もすっきり感なく終わっている。先日の大腸検査の結果は精密検査不要のはがきが届いた。一安心。
今日の歩行数は6、939歩。グランドゴルフ、パークゴルフはやはり距離が短いので歩行数もゴルフに比べると格段に少ない。
ゴルフは移動に乗用カートを使っていても1万歩以上は歩いてる。当面可能な運動はゴルフくらいなので、積極的にやるか。
体重は相変わらず70.8kgと目標にはほど遠い。

2013年9月30日 9月最後のゴルフ。佐倉市民カレッジのゴルフ会で参加者は39名。多いときは70名近いのだが。
夕刻から雨の予報ながらプレー中は快適な気候。なじみの同伴者で回ったこともあり、相変わらず大叩きホールが
あるもののまあまあの成績。ハンディが18あり、ネットパープレーで2位と同ネットの3位。水平とニアピン賞も貰って
ほぼプレー費がタダになった。
足腰の痛みはいつも通りだが、息切れが強くなっている。医者からは特に所見はないとの説明を受けているのだが少し気になる。
プレー中に何かあるわけではないが、アップダウンのきついところを移動するとすぐに息切れする。
最初に狭心症の診断を受けた時の症状とも少し異なるが、首筋の発汗と言い、息切れと言い加齢から来るものだけでは
なさそうに思うのだが、次回受診時に相談してみるか。
9月の歩行数は1万歩以上の日が10日、5千歩以上は13日とまあまあ歩いたほうかな。2千歩未満が3日あった。

2013年9月26日 自治体の検診を近所の掛かりつけの医者にお願いしている。70歳以上は医院で検診しても無料。今日は検診日。
昨年から胃カメラ、肺X線、大腸検査をお願いしている。胃カメラは胃壁に若干の爛れがあり、検体を取りたいが
バイアスピリンを3日前に飲んでしまったこともあり、医者としては避けたいと言うことで、もう一度胃カメラを撮ることになった。
血液検査の結果を含めすべての検査結果が出る2週間後くらいに相談しましょうとの事。
自治体の団体検診と違って結構細かく見てもらえるのでありがたい。
気温が下がってから夜中に排尿で起きることがほぼ連日となった。尿量も300~400ccと結構の量になる。
時には1~2時ころに起き、4時ころに再度起きることもある。朝食前に排尿量が1L近くになっている。夏場は夜間に
これほどの発汗があったのだろうか?8月の1日の総尿量と9月の午前中の量がほぼ同じかそれより多くなっている。
水分の直接的摂取量は殆ど半分以下になっているのに。

2013年9月25日 昨日に続き、潮来市内をざっと見て、料理の会で予定しているバス旅行の下見もかねて那珂湊のおさかな市場と
国立ひたち海浜公園へ向かった。おさかな市場の一部は水曜日が休業のようで、予定している食事場所も今日は閉店。
別の店で回転ずしを食べる。佐倉で行きつけの店の方が美味いかな?
尿の回数は手術以来ほとんど変わらないが、最近は尿意を催してから排尿までの時間が短くなり、排尿前に漏らしそうになる。
尿意を我慢することも可能だが、便所に立った時に待ったなしの状態になる。今までこのようなことはなかったので、これも
やはり手術の後遺症の一つかもしれない。
ここ数日朝早くの排尿時に軽い勃起感がある。術前の朝立ちのようにはいかないが幾分か機能回復の徴候かも。

2013年9月24日 午前中はグランドゴルフ、昼から車で潮来へ向かう。伊勢神宮3泊4日のツアーに申し込んでいたが、ツアーキャンセルとなり、
せっかくだからどこかへ休養にと、使い慣れたかんぽの宿を選択。かんぽの宿潮来は一応温泉もあり、北浦を望む景観もありと
言うことで出かけた。東関東道潮来ICからそのまま鹿島神宮へ向かい、そのあと潮来市内へ出て、加藤洲十二橋の遊覧船に
乗船。シーズンはずれのため貸切船となり、他には一艘も出ておらず、水郷をゆったりと回ることが出来た。
宿では「蟹三昧」の夕食。潮来で蟹でもあるまいが、まあ堪能できた。
歩くのは相変わらず厳しいけれど、それ以外に体調的には全く問題ない。体重は21日に60kg台になったが
瞬間風速的な状態で、翌日からは再び71kg台に戻り、その後も同じレベルで前後している。今日も結構歩いたが変化なし。

2013年9月21日 術後4回目のゴルフ。前立腺癌の影響は全く感じないが、脊柱管狭窄症の程度がひどくなっているのを感じる。
スイングする時にそれほどの影響は出ていないが、プレー間の歩行は苦痛になっているし、往復の交通機関利用の
場合の乗り換え歩行は以前に比べると辛さが激しい。車の場合はまだましなんだけれど。
更に加えて、右肩痛は腕を後ろに回せなくなってきた。ゴルフではあまり関係ないので救われている。
今日も天気は絶好。ロングホール二つで大ポカやったがそのうちの一つがオネストの隠しホールに入ってドンピシャ。
まあ、何事も良いことがあれば悪いこともあり、悪いことだけでは物事終わらないと言う典型。
昼食がバイキングで控えめにしたがそれでもビールと揚げ物も頂いた。夜は打ち上げで居酒屋での宴会。
これもお酒を控えめにして食事も7~8分で終えた結果だろうか、自宅での計量では69.8kgと久しぶりに
70kgを切った。このまま減量が続くといいんだけれど、はてさて・・・・。
腹の脂肪は相変わらず3kg以上はありそうな膨れ具合。
今日のゴルフは公共交通機関利用で往復にも結構歩いたので、総歩数16188歩、減量はこれも関係か?

2013年9月19日 中秋の名月。朝の散歩はやめ夜に歩く。快晴の空に十五夜の月。家内は全く汗をかかなかったようだが、
自分は幾らか汗が出た。昔は逆に家内が少々汗をかいても先ず自分が汗をかくことはなかったのに、
女性ホルモンを含む前立腺がん関係の薬で体質が変化したのだろうか?特に、今年の夏は汗かきになった。
体重は71kg前後で動いておりまだ減食の効果は出ていない。
息切れが以前より激しくなっているが、9月10日の医師の聴音では不整脈もなくごく正常との事で、加齢によるものか、
はたまた心臓疾患の兆候かは不明。ただ、日常の生活に支障を感じるようなことはない。

2013年9月17日 昔の会社の同期生でのゴルフコンペ。自分が常任幹事なので近場のゴルフ場で開催。昨日の台風一過、
素晴らしい天気に恵まれ、雲一つなく、気温もそれほど高くなく、快適なゴルフであったが、スコアは別。
歩行数は1万2千歩弱でまあまあ。乗用カートに乗りづめでもこの程度は歩くことになる。
今日でブラキセラピー処置後丁度60日目、放射性ヨー素I-125の半減期となる。半減期を迎えた放射性ヨー素の
患部への効力はどうなるのか?次回診断時に聞いてみよう。いずれにせよ、1年で放射線量はゼロになるので、
この期間で癌が再発しないように絶滅させる必要がある。まあ、もともとの悪性度が低いことから考えれば
さほど心配することもなさそう。
今日一緒にプレーした同期生の一人は同じ日本医科大学の泌尿器科で前立腺がんを宣告され、グリソンスコアは9の為
ブラキセラピーによる治療はできないと言われているとの事。担当医は同じK先生で、これは奇遇だ。
当初はスコア5が7に増加したものの、どの治療法でも選択できたことを喜ぶべきのようだ。

2013年9月16日 台風のお蔭?で昨日今日と全く活動なく、町内高齢者の会の案内書を配布くらいで歩行数も昨日は1179歩、今日は
僅か226歩のみ。
昨日、一昨日と夜中に起きたが、今日は朝まで起きることなく熟睡。日中も排尿は10回未満、総量で約1.2L。
体重が減らないどころか、とうとう72kgまで増えてきたので、夕食の米飯をやめることにした。
米飯は朝のみとし、昼はその時々の判断、夜は炭水化物を極力減らすことで体重減少を図る。
排尿はそこそこの量はあるも勢いに欠け、この状態がいつごろまで続くのだろうか?排便も単に力むだけでは
出ないので、肛門を締めたり、緩めたりすることを重ねることで、なんとか排便ができる状態。排泄が順調でないのは
気分的にもほんとにすっきりしないものだ。
右肩の痛みが強くなってきている。

2013年9月13日 午前中はクラシックを聴く会。お隣の町内の行事に参加させてもらっているが、毎月CDの演奏を説明付で聴く。
夕刻から都内東京駅近くのフランス料理店で元の会社の女性社員たちとの会食。ワインを飲む。
コース料理の出方がゆっくりで、話の弾んだこともあるが、帰宅が少し遅くなる。
今朝は昨日の飲酒が効いたのか夜中に起きることなく熟睡。

2013年9月12日 午後からユーカリにあるイオンシネマでCATV296主催の映画会で「幸せの黄色いハンカチ」をみる。古い映画だが、
春に行った北海道の景色を思い出す。
そのあとは都内千石で元の会社の若手連中との会食。ビールと焼酎を飲む。
昨夜は夜中に起きなかったが、今日は朝1時半に220ccの排尿。6日から10日まで連日夜中の排尿があり、
8月の状態とは違ってきた。夜中には起きることなく「それはすごいと」担当医から言われたことも今や昔の話。
今後もこの状態が続くのかどうか?昼の尿意は大体2時間から3時間おきなのでそれほどの頻尿と言う訳でもなさそう。

2013年9月10日 今日から夏場は暑さで休んでいたグランドゴルフが再開された。隣の町内の老人会が近くの運動公園で週2回行っている
会に会員外で参加させて貰っている。午前中に8ホールを6ラウンド。概ね5千歩程度の歩行となる。2ラウンドごとに
休憩があるので脊柱管狭窄症患者でも何とか歩ける範囲。今日はちょっときつかった。
午後から循環器系のクリニックでの診察。不整脈もなく、特に問題ないとの事。前立腺癌の生体検査を勧めてくれた医者
なので、その後の経過を気にしていてくれる事から、前立腺の話が主となり、うっかりして汗の事を聞くのを忘れた。
最近は聞くべき事柄をつい忘れることが多い。と言うことは、さほど気になっていないと言うことか?次回の診察は11月。
少し気温が低くなったせいか、身体がなんとなくだるい感じで食後の眠気も強くなった。体重はまだ70kgを超えている。

2013年9月9日 市民カレッジ同期1組のメンバー6名とゴルフ。最終ホールのトリプルスコアで2着。日差しは暑いが木陰は涼しくて
爽やかなゴルフ日和。それでも保冷ボトル(700cc)は午前中でほぼ空いた。運動すると汗になるのか、尿の量は
うんと少なくなる。ここ数日、夜中に目が覚めてトイレに通うようになった。前立腺との関連があるのかどうかは不明だが
尿の量はそこそこある。ただ、相も変わらずちょろちょろですっきり感に欠けること甚だしい。
世間は2020年の東京でのオリンピック開催決定で騒がしい。昨日が新聞休刊日で今日の朝刊はなく、号外が出ていた。

2013年9月7日 気温が下がったせいか、昨日今日と夜中(2~3時前後)に目が覚めた。排尿もあり250~300cc位。就寝前には
必ず小用を足しているのに、夜中に結構な量が排泄される。
町内会の高齢者の集まりで催した映画会で「ジュラシックパーク」をみた。人間社会での科学の進歩に対する
セーフガードの非確実性を感じさせられた。人間の作ったものに完璧はないと言うこと。ついつい忘れてしまうけど…

2013年9月5日 佐倉市民カレッジの同級生の集まりで「房総のむら」へ行った。時々雨の降る状態ながら、激しい雨にも遭わず散策できた。
歩行数はゴルフやるより多かった(12,978歩)。昼食にはビールも飲んだが、トイレに駆け込むこともなく、写真を撮って回った。
房総のむらは千葉県各地の伝統的建造物や出土品を展示しており、体験コーナーなどもあって結構楽しめる。
雨の影響もあり、気温は30度未満で汗の出も減ったが、以前ならこの状態で汗をかくことなどなかったのに今年は
少し動くとびっしょり汗をかく。汗をかくことは良いことと割り切るか、ちょっとは心配するか難しいところ。10日に循環器系統の
クリニックへ行くので確認してみようと思う。
尿量は1Lを越えたが気温から考えるとまだ少ないように感じる。と言って、腹が張ったりするようなこともないので心配は
していない。

2013年9月4日 町内会のゴルフコンペに参加。雨の予報ながら、思い切っての実施が左程の雨量もなく、結果オーライとなった。
9月に入っても連日30度を超える日が続いている。尿量もここ数日1L前後でやはり暑いと減るようだ。
体重は相変わらず減少傾向にはならず、70.2kg~71.6kgの間を行ったり来たり。今日は70.8kg(但し、ゴルフ場の
体重計では69.8kg)と少し多め。ゴルフ程度の運動では脂肪は減らないようだ。
腹部に3kgほど脂肪がくっついているのがなんとなくわかる感じがする。
昨日は西川整形外科を受診。最近朝起きると両手の指が強張っており、右手の親指がコキンコキンと鳴るのが気になったもの。
ついでながら、右腕上腕部をひねると痛いのと、脊柱管狭窄症の現状について確認してもらった。
若手の先生の診察だったが肩、手、腰のレントゲンを撮影し、それぞれについての説明があった。
右腕痛は肩との関節部に加齢から來るすべり症があることによる。塗り薬かはり薬で対応。狭窄症は腰椎にすべり症状が
あるが、散歩したり、ゴルフが出来るのならそのまま様子を見ろとの事で、これも塗り薬と貼り薬で対応。
手の指は「腱鞘炎」であるとの事。せいぜいPCを叩く程度で、大した負荷もかけてないのに腱鞘炎とは??
年齢とともにちょっとした負荷でも腱鞘炎になるらしい。原因がはっきりしたのでまあいいか。特に処置はなし。
先生も身体が動く間は切ったりせずに様子を見ていくのがベストとの判断を示された。

2013年8月31日 8月も今日でおしまい。術後の生活は酷暑の中でいつもとは違ったが、術後と言うことを殆ど意識することなく過ごせた。
尿の検量は続けているが、1回あたりの量が昔に比べると少ないのと、排尿感がすっきりしないのは変わらない。
暑さがぶり返したせいかもしれない。今日は710ccと今までで最少量。昨日も暑かったが1L。回数も7~8回/日。
検量を始めて自分の尿の量が大体どのくらいかわかるようになった。だからどうなの、と言うことだけど。

2013年8月30日 術後最初のゴルフプレーを佐倉CCにて実施。40名参加のコンペ。暑さは猛暑日に逆戻りながら、風があり何とか凌げた。
プレー自体には特段の影響もなく、気になることもなし。むしろ、脊柱管狭窄の痛みが前より強くなっているのが気になる。
暑いから汗をかくのは当たり前ながら、もともと汗をそれ程かかなかったのに、今年は汗のかき方が極端に多い。
ホルモン剤を摂ったせいかと思うも、摂取をやめて1か月以上経っているので、体質の変化が起きているのかも。

2013年8月29日 朝の散歩時、田圃に漂う朝霧とその先に浮かんだように見える佐倉城址のある丘が抜群の景観、カメラ持参しなかったのが
惜しまれるほどの景色。丁度佐倉城址の辺りだけが朝霧に浮かんで見え、素晴らしかった。朝日が高くなるに従い、
ものの5分ほどでその景色も消えてしまった。
散歩から戻るとそのまま1日家から出ずで、ゴロゴロとしていた。これでは体重が増えるばかりだろう。
何とかしなくてはと思うも、脊柱管狭窄症の腰、脚の痛みが少しずつ強くなっている感じで、散歩の時間も
短くなりがち。今朝は4千歩程度で帰宅。何か対策を講じないと…

2013年8月28日 久し振りに就寝中に尿意があり、午前2時過ぎの尿の量は400cc。朝起きた時は350cc。就寝前の水分摂取は
汗をかかないとやはり尿になるようだ。朝の散歩はスキップ。ストレッチ体操はしっかり行う。
昼過ぎから映画を見る。2時間半、椅子が劇場用ではなく小さいもので腰が痛くなったが尿意はなし。
男女平等参画推進センター主催の映画会に約20名の参加で男一人。女性が主体の会だけどあんまり平等じゃない?。
この日も日差しは強かったが乾燥して涼しく、秋の気配で排尿量も2.7L(9回)あった。逆に水分摂取は2L強と減少。
涼しくなったせいか、身体に力が入らない。
食欲は旺盛で、体重は72kgを超えてしまった。運動量が少なくなり、下半身の筋力低下を感じる。

2013年8月27日 朝は気温が低く、夜雨が降った割には湿気もなく、散歩しても汗もかかず、久し振りに快適な1日のスタート。
尿の出も良く、午前中で先週の1日分以上の量(1.2L)。飲料として水分を摂取せずとも食事から相当の水分が
取れているようだ。それにしても汗の量がすごかったことを再認識。ただ、排便が昨年末より順調ではなく(便秘ではない)
時間がかかるようになった。術後はその傾向がさらに強くなっているような気がするが、放射線の影響があるのだろうか?
尿量の計測は暫く続ける予定。尿の量から色々なことがわかって意外に面白い。尿意の強さと排泄量は必ずしも比例しない。
水分摂取量と排泄量にも比例的関係はなさそう。汗の量と尿の色の濃淡は関係ありそう。などなど…・

2013年8月26日 気温が下がり、過ごし易くなったせいか1回あたりの尿量が増えた。1日の水分摂取量は半分以下になったのに、
尿量はぐんと増えており(1.8L/8回)、やはり暑さで発汗が尿量を減らしていたらしい。
今日は飲酒せず、その分尿の出も幾分スムーズの感あり。体重は再び増加傾向で毎朝の散歩にもかかわらず
71kgを越えている。食事量を減らすしかなさそう。

2013年8月25日 京都で母親の33回忌法要があり、24日から在京都。24日は甥っ子の計らいで久しぶりに京都の鱧料理を堪能。
25日は法要のあとホテルのレストランで中華料理。夕刻の新幹線で帰宅。
術後初めての遠出で、両日ともに解禁のお酒も飲み、ちょっと尿の出が悪くなったような感じもあるが、まあ、許容範囲か。
往復の新幹線車中でもそれぞれ1回の排尿で事足りており、尿漏れなどの心配はなくなったと判断。

2013年8月22日 今日は術後最初の検診で、1か月の経過状態がわかるものと勇んで出かけた。が・・・
14時からの検査予約が早めに着いたので、13時45分からレントゲン撮影、55分からCT撮影。
14時5分には検査が終了。診察は15時からなので、これらの検査結果が出て説明があるものと思っていたら、
1時間35分待ちの15時40分からの診察で、担当医からは「検査結果は出てない」との事で術後の経過に
ついての説明は何もなし。「夜の排尿はどうか?」「現在、夜は一度も起きません」「それは素晴らしい」で
この日の診察は終了。退院時の検査状態についても何も触れられず、まあ何もないのだろうとの勝手な個人判断で
終わってしまった。採血を行い次回は11月21日。
薬が91日分出たので、痛み止め(モービック錠)と胃の薬(ムコスタ錠)は不要ではないかと看護師に伝えたところ、
再度担当医に呼ばれ、「考えて出している薬を勝手にやめられては困る。痛み止めは放射線で炎症を起こしている
前立腺の炎症止めである」との事で、これは初耳。退院時に薬剤師から30日分出すが症状が治まったら途中で
やめてもよい」と聞いてたので、退院後20日目から痛みもないのでモービック錠とムコスタ錠の服用を中断していた。
担当医の憤然とした顔つきを見て、逆に薬に対する病院側の説明不足を伝えようかと思ったものの、患者の弱さで
「はい、わかりました」と言うことでそれでもダブって飲んでいた胃薬はキャンセルしてくれた。
本日の費用は検査料5,680円、診察料5,680円、薬代5,970円で計16,750円(3割負担)。
まあ、具体的結果は出なかったが、「それは素晴らしい」との一言で、明日からは酒も、ゴルフも解禁とする。
今日は少し気温が低かったのか尿の量は1.3L/日(8回)あった。起きた時の量が450ccと以前並み。ただし勢いは弱い。
昨日は夕刻竹橋まで出掛け飲み食いしたが尿量は850cc/日(8回)で前日並みに少なかった。

2013年8月20日 尿の量が水分を取った量に比べて少ないような気がするので、この日から数日毎回の尿量を測ることにした。
この日は朝から250cc、50cc、130cc、午後40cc、80cc、150cc、100ccの1日で800cc。水分だけでも
1日で3L以上は取ってるので排尿されたのは1/3以下。あとは汗で出てるんかな~。不思議。
午後に映画を見に行ったが約2時間で心配した尿意はなし。見た後も80cc程度しか出ていない。
頻尿については当分は大丈夫な感じ。

2013年8月18日 術後1か月経過。ここ一週間ほど出の悪かった朝一番の尿は少し改善の兆しあり、量も少し増えた感じ。
ただ、尿線の細さは相変わらず。ただ、夜間の尿意がなくなった。寝てから朝起きるまで排尿の必要がなくなっている。

2013年8月12日 朝の排尿に勢いがなく、排尿しているという実感がない。量も少なく、暑さの所為かとも思うが、
術前の排尿後のすっきり感に欠ける。
この日から退院時にもらった薬のうち「ムービック錠」と「ムコスタ錠」を服用中止する。痛み止めと胃薬なので
影響はないと判断。排尿促進剤の「ハルナールD錠」は服用継続。なお、術前より服用している「バイアスピリン」
「クレストール(コレステロール減少剤)」「ラデン錠(胃の薬)」は退院時より服用再開している。

2013年8月9日 買い物など10時過ぎから午後3時前まで出掛ける。家内から小用の回数が多いとの指摘有るも、
出来るだけ利用可能なトイレは使うという考えでいるので、そう感じたのかもしれない。
逆に、夜の尿意は感じてもそのまま寝続けられるようになった。

2013年8月7日 73回目の誕生日。午後は俳句の会。普段と変わらない状態。
ただ、暑さが厳しいので冷えた麦茶の摂取量が非常に多いが尿の量はごく少なく、頻度も少ない。

2013年8月6日 朝9時から町内の高齢者の会で利用する佐倉市の福祉バス予約に老人センターまで出掛ける。
競合者あり抽選となるも運良く確保(11月6日の利用)。
昼に大学同期生でのクラス会を東京駅八重洲口で開催。7名の参加。
酒は控えてノンアルコールビールとウーロン茶で終始する。
帰りに地下鉄利用したが、乗車後途中で尿意を催し途中下車、それほどの量ではないのに今までにはない現象。

2013年8月5日 尿意はそれほど頻繁ではないが、術前に比べると幾らか多いかなと言う程度。
午後、日医大病院で診断書受け取る。意外に早い発行となった。費用2通で10,500円。
そのまま、日本橋人形町で元の会社の同期8名と暑気払い。飲み食いの間に尿意なし。

  癌保険の事 知人たちは癌罹患後に会うと、「保険に入っていてよかった」と口をそろえて言いました。
小生も癌保険は勤務していた会社の団体保険で昭和63年10月にアフラックの新癌保険を付保していました。
《月払いで3,310円、癌で入院した場合は1日1.5万円(夫)、1万円(妻)の給付(家族に適用される)。
癌で死亡した場合は65歳までは150万円、65歳以降は75万円の給付。がん以外で死亡の場合はその1割。》
と2013年1月に届いた契約内容に記載されていました。最初に付保した時はこの内容と同じものだったかどうか
今となっては判りませんが、まず癌にはなるまいと思っていたので、細かく詰めることをしなかったのは事実です。
途中で何度か電話での案内で新しい保険への変更提案が来ていましたが、特にその必要も感じなかったので、
「変更は結構です」と答えると、「ご契約の保険も良い保険なのでどうぞ継続されますように」との事で、そのまま
現在に至りました。

実際に癌を患い、がん保険の内容を確認したところ、上記の如く入院給付金しかありませんでした。
今回は手術の費用より差額ベッド代の方が高額であった為、保険の内容の如何にかかわらず、個人の負担は
それほど高額にもならずに済みましたが、もし、先進医療(たとえば陽子線治療など)を選択していれば、
この保険では数百万円の自己負担となっていたところでした。(多分選ばないでしょうけど)
保険に入る際は十分に内容を吟味し、いざとなった時にどれくらいの助けになるか、時々はチェックする必要も
あるようです。特に、若い人は比較的低額で内容の豊かな保険も出て来ているようですから、万が一のために
準備されるとよいのではないでしょうか。
自分としてはこのがん保険はもともと安心料との感覚で掛け捨てになるだろうとの意識があったので、
損したとか得したとかの意識はなく、入院給付金が出ただけでも助かった思いですが、保険は保険としての
役割をきちんと認識したうえで付保すべきと、結果論ながら感じた次第です。
この保険は入院給付金が支給されてすぐに解約しました。今後まったく助けにはならないと判断したからです。
ただ、解約通知したら解約金(約23万円)が出るとの事ででこれは助かります。

がん保険とは別に生命保険(小生は日本生命)では、プラスされている新入院医療特約により5日以上の入院の
場合は5日目から5,000円/日。また、手術給付金として5千円x10倍、20倍、40倍が支払われることに
なっていました。この給付金は診断書に基づき入院給付金5千円と手術給付金5万円の計55,000円の支払いを
受けました。これは家内の指摘で処理できたもので、本人は保険の内容には全く疎かったのです。

年金生活に入ると収入はどうしても少なくなります(特別の人は別にして)。いざと言う時の蓄えは必要ですが、
それをカバーする保険と言うものをきちんと考えておくことも大切でしょう。老年になれば保険の選択肢はどんどん
少なくなります。若い間の判断が老後を豊かにするかどうかのキーポイントのような気が今回の件でしています。

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