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千葉市の稲毛地区は元々の稲毛地域の稲毛区と海岸沿いに埋立地として
拡張された地域の美浜区があります。

稲毛区はその地域がほとんど住宅地区であり、千葉市内でも最も人口密度の
高い地域です。7360人/㎢は千葉市全体のレベルの2倍です。
区内には千葉大、千葉経済大、敬愛大があり、高等教育機関が集中しています。
埋立地が美浜区となったので、稲毛区には海岸線が有りませんが、もともとは
国道14号線が稲毛海岸で別荘地帯でした。その名残は愛新覚羅溥傑の仮寓
や神谷伝兵衛別荘などに見られます。

美浜区は完全な埋め立て地でそのため計画的な街作りが出来ており、
海浜ニュータウンや幕張新都心地区がその代表例です。
地区内にはロッテ球団の本拠地であるQVC球場や幕張メッセがあり、未来型の
都市機能を持った地域になっています。
稲毛海浜公園や稲毛紀念館などは美浜区にあります。
稲毛区と同様に人口密度は7030人/㎢と千葉市内で2番目の高さです。

2014年5月に稲毛区にある「稲毛浅間神社」と「愛新覚羅溥傑・浩夫妻」が新婚当時に住まった
仮寓及び電気ブランで有名なワイン王「神谷伝兵衛別荘」を見てきました。
稲毛区の西側を走る国道14号線は過っては稲毛海岸だったところですが、現在はその面影は14号線
沿いに残る松林のみとなっています。
稲毛浅間神社
稲毛浅間神社は富士宮市にある富士山本宮浅間大社から808年に分社され
建てられたものです。現在の社殿は昭和41年(1966)に再建されたものです。
1180年には源頼朝が武運長久を祈願したほか、千葉氏の信仰が篤かったようです。
国道14号線沿いにある
稲毛浅間神社の入り口鳥居です。

この鳥居の左手の道を
登ってゆくと「愛新覚羅溥傑」の
旧居に出られます。

画面にポインターを置くと
鳥居から14号線方面を眺めた
景観をご覧いただけます。
写っている鳥居は一の鳥居で
昔は海の中にあった鳥居です。
浅間神社の本殿です。
昭和39年に旧本殿が焼失し、
昭和41年に再建されています。

本殿左手には神楽殿、
右手に社務所棟が建てられいます。

初詣や節分会には大勢の参拝客が
押し寄せるようです。
境内には多くの末社が祀られています。

左から八坂神社、三峰神社、稲荷神社
です。
同じく末社の左:神明社、右大宮神社
です。

5社の鳥居がそれぞれ少しづつ異なって
います。
浅間神社一の鳥居です。
現在は14号線の並びに立っていますが、
昔は海の中に建っていたようです。

画面にポインターを置くと
大正時代の頃の写真がご覧頂けます。
屋台の並んでいるのが現在の14号線
辺りのようです。
鳥居は完全に海の中にありました。
愛新覚羅溥傑・浩仮寓

浅間神社の北側の通りを登ると
千葉市ゆかりの家・いなげが
あります。この家が愛新覚羅
溥傑・浩夫妻の新婚時代の仮寓
でした。
もともとは富豪の別荘を借りた
そうですが、敷地は約300坪有り
広い庭と平屋ながら広々とした
間取りの家で新婚には十分な
住居だったようです。

現在は千葉市の管理下にあり、
無料で一般に開放されています。

浅間神社を少し東に入ったところにある
案内板です。

二間続きの客間です。
10畳と8畳あります。
東と南は庭に面しています。

床の間には溥傑由来の品が
飾られていました。

画面にポインターを置くと
床の間を正面からご覧いただけます。
客間から居間方向を眺めています。

庭の中心にある木は栴檀(せんだん)
です。
「栴檀は双葉より芳し」と言われますが、
その栴檀は白檀の事だそうです。

画面にポインターを置くと
花の拡大画面をご覧いただけます。
住居の南側から全体を見ています。
手前、中、奥と庭が続いています。
居間の部分です。
手前が寝室だったそうです。
8畳の二間続きです。
奥の障子の向こうが食堂で
その右側に台所があったようです。
居間の奥にある洋室です。
6畳ほどの広さです。
家の北側には当時は宮中にしか
植えることが認められなかった
白雲木が植えられています。
浩夫人が貞明皇太后からもらった
種を親族が育てたものだそうです。

2009年に初めて花を付け、以来
毎年5月初めに咲くそうです。

今回5月13日の訪問で、花は3~5日
ごろに咲いたとの事。
残念ながら花を見ることはできません
でした。

右の写真上は花後に実になりつつある
白雲木で、下は仮寓の居間におかれて
いた資料にあった花の写真のコピーです。
神谷伝兵衛旧別荘
神谷伝兵衛は浅草の神谷バーや牛久のシャトー神谷で有名な明治時代の
実業家でワイン王です。電気プランを作ったり、生涯をワインづくりに捧げた
人物です。その別荘が現在一般に開放されています。国の有形文化財です。

神谷伝兵衛氏の旧別荘です。

国道14号線沿いにある
千葉市民ギャラリーの横にあります。

大正7年に建てられています。
千葉市で最も古い鉄筋コンクリート建て
建物で関東大震災の折にも耐え抜き、
国の有形文化財に登録されています。

ロマネスク風のアーチと柱、表面は
タイル張りになっています。

1階が洋室、2階が和室の和洋折衷の
建物になっています。
進駐軍の住居として利用されたため、
内装の一部と窓枠などは元の姿に
復旧されています。
1階の洋室です。
シャンデリアや暖炉は昔の儘で
イスなどは張り替えていますが、
木質部は昔のままだそうです。
暖炉です。
絵柄のタイルで飾られています。
玄関の天井のシャンデリアです。
付け根の部分の彫刻がブドウの
模様になっています。

画面にポインターを置くと
ブドウのモチーフをご覧頂けます。
玄関から2階への階段です。
階段のコーナーごとに台状の装飾を
施し、その上に花瓶などが
置かれています。
2階の主室です。
左手の床柱はブドウの木だそうです。

奥の床の間の脇障子には
金箔の漆絵が付けられています。


漆絵はそれぞれ異なった図柄で
描かれています。
左は麒麟、中は獅子、右は山水に
なっていました。
2階座敷の廊下は畳敷きで
突き当りには出窓が作られています。
和室ながら少し丸みを帯びたのが
和洋折衷的な感じがします。
建物の裏側からの眺めです。
全面がタイル張りになっています。
同じ敷地内にある
市民ギャラリーは神谷別荘の
雰囲気に合わせた建物に
なっています。

元はこの部分は木造建築物で
神谷家の内家として使われて
いたそうです。
別荘には台所がなく、
来客があった時はこの内家で
料理を作って供したそうです。







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稲毛公園
稲毛浅間神社、愛新覚羅仮寓、神谷別荘などは全て稲毛公園内ないし隣接地にあります。
稲毛公園は昔の海岸べりの自然をそのまま残しています。

稲毛公園の松は根上がり松と称され
多くの松の根が地上に出ています。

これはこの辺が昔は海岸沿いの
砂地であったことから、時とともに
その砂が流され、松の根が浮き上がって
きたものだそうです。

手前の松も奥の方の松も
何か足や手を伸ばして
今にも歩き出しそうな雰囲気です。

自然の造形の妙を感じます。
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