函館市
   香雪園      元のページへ戻る
函館市街地は津軽海峡と太平洋に挟まれた
陸繋地である函館山の麓に広がる砂州と
それに連なる陸地に展開されています。

従い、函館駅はターミナル駅で、ここで
折り返し運転されることになります。

青函連絡船が運行されていた時代には函館港に
列車用桟橋が有り、ここで客車、貨車の積み下ろし
が行われていました。

函館山とその地形から、ここからの夜景は
世界三大夜景に数えられていましたが、そのご、
長崎が世界三大夜景(他は、モナコ、香港)に
選ばれ、函館はその席を長崎に譲っています。

日本三大夜景は函館、神戸、長崎に
なっています。

江戸末期から明治維新にかけて函館は歴史の
中心になっていました。その頃の建物なども
残されています。

2019年にクルーズで函館を訪れた時、
「香雪園」を訪れました。その様子は下記ボタンから
お入り頂けます。
  香雪園
函館市の玄関口、函館駅です。
開業は1902年(明治35)です。
現在の駅舎は2003年(平成15)から
供用されています。

1Fは本屋やカフェ、土産店が入り、
2Fはレストランとギャラリー、いるか文庫などが
あります。
元町界隈
函館山の麓にある元町にはレトロな建物が数多く残されており、函館観光の中心となっています。
また、元町に続く函館ベイエリアと組み合わせた観光ルートも色々とあります。
函館を訪れた人の殆どが来る場所と言えましょう。
元町は基坂から二十間坂の間、
市電通りより上部の地域です。

明治大正時代の建物が多く残されている地区で
江戸末期から明治初期までの函館の中心地と
なっていました。

正面中央の元町公園は函館奉行所が
有った場所で、まさに海からは丸見えの
場所だったわけです。
五稜郭へ移された理由も納得できます。

古い時代からの街づくりが行われていて
広い大通りが街を取り囲んでいます。
その中はレトロな雰囲気を持った小路で
繋がれています。
元町公園から眺める高崎山と
その麓にある旧函館区公会堂(左より)です。
公園内にあるペリー提督来航記念碑と
ペリーの銅像です。

1854年(安政1)にアメリカ合衆国海軍提督
ペリー一行が日米和親条約で開港が決まった
箱館に来航。二週間の滞在の間、西洋料理、
写真、気象観測など多くの文化を伝えて
いきました。
元町公園の南にある英国領事館です。
1859年(安政6)に箱館開港と同時に
設置された旧英国領事館です。

開港記念館として一般公開されています。
宇須岸河野館跡(左手)が元町公園に
なっています。

1454年(享徳3)に伊予国出身の河野政通らが
蝦夷地に渡来し、当時「宇須岸」と呼ばれていた
この地に「館」を築きました。
これが「宇須岸河野館」で、東西約92m、
南北約115m、四方に土塁と空堀を巡らして
いたといわれています。現在は公園の敷地の
一部になっています。
元町公園内にある奉行所跡の標示です。

五稜郭内の奉行所が完成するまで
ここに奉行所が置かれていました。
奉行所跡の公園です。

右の煉瓦建ての建物は
「旧開拓使函館支庁書籍庫」です。

元町公園から眺める
函館山と旧函館区公会堂、そして
旧北海道庁函館支所庁舎です。

如何にも近代の日本を髣髴とさせる
風景です。
旧北海道庁函館支所庁舎は1909年(明治42)に
建てられています。

1982年(昭和57)に修復整備されました。
現在は1階が元町観光案内所、
2階は写真歴史館で、北海道の写真の発祥地
である函館の写真機器や資料などを展示しています。
函館四天王の像です。

左から今井市右衛門、平田文衛門、渡邊熊四郎
平塚時蔵の4人は函館戦争の終結後 、新しい
函館の街を開拓した英雄たちです。

私財をなげうって函館の為に工業、商業、貿易、
慈善事業などを行ったと言われています。
「旧開拓使函館支庁書籍庫」です。
建造されたのは1880年(明治13)とされ、
1907年(明治40)に発生した大火の類焼を免れ、
庫内にあった行政資料も丈夫なレンガ壁によって
守られました。

画面にポインターを置くとつかわれている煉瓦を
ご覧いただけます。

この煉瓦は「明治7年 函館製造」の銘が
入っています。1872年(明治5)、茂辺地村
(現在の北斗市茂辺地)に建てられた開拓使直営
の「茂辺地煉瓦石製造所」で焼き上げたもので、
当時作られたレンガは市内各所の建造物にも
用いられているとの事です。

宿泊したホテル「ラビスタ函館ベイ」の元の倉庫・
函館常備倉の煉瓦にも同じような刻印が
施されていました。(後出)
元町にある洋館です。
何れも函館市伝統建築物に指定されている
建物です。
元町公園からハリストス正教会へ向かう
道路にある家並みです。
外観は洋館で正面が和風造りです。
港側から見た時に洋館建ての家が
並んでいるように見せるためだそうです。

映画の撮影などでもよく利用される
「八幡坂」です。
函館市街地が一望できます。
「遺愛幼稚園」です。
1895年(明治26)に遺愛女学校併設の
幼稚園として建てられました。

1907年の大火で焼失後、1913年(大正2)に
米国の篤志家の寄付により再建されています。

写真では良く見えませんが、淡いピンク色の
建物です。

ハリストス正教会です。
ハリストスとはキリストのことで、江戸末期、
ロシア主教ニコライによって日本で初めて
ロシア正教が伝導され、ロシアの領事館及び
礼拝堂として建てられた教会です。
国の重要文化財に指定されています。
ロシア風ビザンチン様式の優美な建物です。

画面にポインターを置くと
側面からの建物がご覧いただけます。
「チャチャ登」と呼ばれる坂道です。
「チャチャ」とは「おじいさん」の意味で、
あまりにも急な坂で誰もが腰を曲げて登る
ことから名付けられたそうです。

ハリストス正教会と聖ヨハネ教会の間の
通りです。

左手に少し見えるのが聖ヨハネ教会です。
今回は立ち寄れませんでした。
カトリック元町教会です。
江戸末期にフランスからやってきた宣教師が
仮聖堂を建てたのが始まりだと言われています。
しかし幾度かの火災に見舞われ、現在の建物は
1924年(大正13)に再建されたものです。

堂内にはローマ法王から贈られたと言う
祭壇が有ります。堂内は撮影禁止です。
亀井勝一郎生誕の地の石碑です。

元町生まれの文芸評論家である亀井は
1907年(明治40)生まれで、戦前戦後を通じ
各種の評論を発表しています。
元町教会から東本願寺別院へつながる
道路沿いにある民家です。

入口に和風を採りいれることにこだわるのは
函館の人もやはり日本人だからなのでしょう。
東本願寺別院です。

火事の多い函館と言う事で、
コンクリート造りになっています。
和風建築の細部を鉄筋コンクリート造で表現した
寺院建築としては日本最古のもので、本堂、正門、
鐘楼が重要文化財に指定されています。

右手は二十間坂で、赤れんが倉庫群へと
つながっています。

画面にポインターを置くと坂の様子が
ご覧いただけます。
函館夜景
以前は世界三大夜景と謳われていましたが、2012年12月に長崎で行われた世界夜景コンベンション
では、モナコ、香港、長崎が三大夜景に選定され、函館はその座を譲ることになりました。
ただ、三大夜景には色々なものがあり、現在でもナポリ、香港、函館を三大夜景とする説もあります。
護国神社の鳥居です。
函館山へ登る前に夕暮れの護国神社に
立ち寄りました。

箱館戦争終結後に明治政府が政府側の
戦没者をまつるために建てた「招魂場」です。

函館護国神社には箱館戦争・西南戦争・
日清戦争・太平洋戦争までの
戦没者が
英霊としてまつられています。


護国神社本殿です。
箱館戦争で戦死した薩長官軍の兵士をまつった
墓が50基程立ち並び、旧幕府軍の碧血碑と
対照的に手厚く葬られたことがうかがえます。
函館での夕食は護国神社近くの
「沙羅の月」という海鮮料理屋さんです。

夕食のメニューは蟹の刺身と海鮮鍋、
ご飯はホッケの一夜干しにいくら丼でした。

画面にポインターを置くといくら丼を
ご覧いただけます。
函館の夜景です。
東日本大震災の後だった前回(2011年7月)の
時よりは灯りの数が増えているように感じます。
ライトアップされている場所も増えたのでしょう。
夜景の展望台は中国人を主体とする外国人で
超満員。撮影場所を確保するのも大変です。

遠慮深い日本人はどうしても隅に追いやられて
しまいがちです。
函館港の夕景です。
実際はもっと幻想的な風景です。
函館ベイエリア
函館ベイエリアは函館港西波止場を中心とした赤レンガ倉庫街を指すようですが、
ここでは函館港を取り巻く街並みを総称しています。
元町から函館駅方面への見どころを集めてみました。
上の写真はホテルの部屋から眺めた倉庫街と
函館山です。
手前の煉瓦の建物は倉庫街です。
左手に太く延びる道路が二十間坂に通じる
道路です。






左の写真は同じくホテルから撮った
函館市街の南方向です。
右手の茂みは豊川稲荷です。
赤レンガ街の倉庫です。
函館四天王のひとり渡邊熊四郎が明治時代に
開業した金森洋物館の建物です。

現在はどの建物もレストラン、ビヤホール、
観光客相手の土産店などが入っており、
ショッピングモールとして賑わっています。

写真の2棟は「金森洋物館」と称しています。
内部は洋風小物類の販売店になっています。

重要伝統的建造物群保存地区に指定
されており、街並みは北海道遺産にも
指定されています。

画面にポインターを置くと
建物の内部がご覧いただけます。
港から入り込んでいる運河と
赤レンガ倉庫(現在はオルゴール館)です。

奥に見える高い建物は今回宿泊した
「ラビスタ函館ベイ」と言うホテルです。
このホテルも1階部分は元備蓄倉庫で
現在も一部を残した形でホテル建設が
行われています。
上記のホテルの1階部分に残されている
赤レンガ備蓄倉庫部分です。

開拓使の食糧備蓄倉庫であった為
ここの煉瓦も明治時代の「茂辺地煉瓦石製造所」
で製造された明治7年製造の刻印のある
煉瓦です。
旧函館郵便局です。
1911年(明治44)に完成しています。
その後、50年ほど使用されて1962年(昭和37)
に民間に払い下げされています。

現在は「はこだて明治館」として
ショッピングモールになっています。

画面にポインターを置くと
後ろから見た建物をご覧いただけます。
二十間坂の道路沿いにある「旧茶屋亭」です。

旧茶屋亭の建物は明治末期の海産商の
店舗兼居宅の店舗部分で、当時の港町箱館の
隆盛を伝える典型的な和洋折衷建築物として
重要伝統建造物に指定されています。
函館西波止場の傍に立つ新島襄の銅像です。
1864年(元治1)箱館から密出国すべく、
1艘の小舟に乗り込んで外国船に向かう姿を
再現しているのだそうです。

像の正式な名称は「記念撮影 未来への始まり‐
海原‐」です。像の制作者は彫刻家の峯田敏郎で、
2002年(平成14)に建立されました。
新島襄像の西にある東浜桟橋です。

この桟橋は北海道にわたってきた人が
最初に足を踏み入れた桟橋です。
青函航路が開かれた時、船はこの桟橋の
沖に停泊し、乗客は艀でこの桟橋から
上陸したのだそうです。

すなわち、「北海道第一歩の地」でした。
北海道第一歩の地碑です。

画面にポインターを置くと
この右隣に立つ碑もご覧いただけます。
緑の島の入り口近くに立つ
「新島襄海外渡航の碑」です。
新島襄は1864年(元治1)7月にここから
上海経由米国へ渡航したようです。

1874年(明治7)に帰国し、翌年京都で
同志社英学校を創立しています。

下の写真は石碑にある銘板です。

石碑の近くにある「成田商会」の建物です。
成田商会は当時、上海・大連の航路を
持っていた唯一の回漕点です。
この会社の伝手により新島襄は上海へ
渡航できたと言われています。

この建物も「景観形成指定建築物」に指定
されています。
成田商会から山側へ登って行くと
「小林写真館」へ出ます。

道内に現存する写真館で最古の建築物です。
1902年(明治35)に写真師小林健蔵が
開業しました。開業当時の建物は明治の大火で
焼失し、この建物は1907年(明治40)に
再建された建物です。

1962年(昭和37)まで営業していたそうです。
石川啄木も訪れています。

末広町にある「中華会館」です。

釘が一本も使われていない日本唯一の
純中国風レンガ造りの建物です。
1910年(明治43)に華僑が故国から職人を
呼んで建てたといわれています。
内部には「三国志」の武将・関羽を祭っています。

関羽は華僑にとって商売の神様とされています。

画面にポインターを置くと
側面からの建物もご覧いただけます。
不動産や倉庫業で財をなした相馬哲平氏の
社屋として1916年(大正5)に建てられた
和洋折衷の建物です。

函館市
伝統建造物に指定されています。
函館市電は1913年に道内で最初の
路面電車として運行されています。
現在も市民の足として利用されています。
基坂通りにある手前の塔は
「明治天皇御上陸碑 」です。
1878年(明治9)の明治天皇東北・北海道巡幸で
来函の際、旧税関桟橋への上陸を記念した
ものです。

正面奥の建物は旧函館区公会堂です。
東浜桟橋の前にある
はこだて西波止場美術館です。
テディベア専門の美術館でしたが
2011年に閉館しています。
壁面のテディベアはまだそのままです。

現在は明治館の中にあります。
金森ホールの隣にある建物と
その前を走るモーモータクシーです。
モーモ―タクシーは車体が牛の模様になって
います。カラ―はいろいろあります。

金森ホールも倉庫跡ですが、劇場に改装し、
イベントに利用されているようです。
運河を跨ぐ「七財橋」です。
橋は石畳になっています。
倉庫街が一望です。函館山も遠望できます。

画面にポインターを置くと
下から眺めた橋もご覧いただけます。
函館駅と倉庫街の中ほどに
朝市が有ります。
殆どが店舗を持った朝市です。
結構規模は大きいです。
鮮魚、野菜、果物等々威勢よく売ってます。

画面にポインターを置くと
朝市を訪れている鴎もご覧いただけます。
朝市から五稜郭へ向かう際に
車窓から眺めた函館市役所(正面)です。
並木に隠れて建物が良く見えませんが、
市役所は砂州の津軽海峡と太平洋の間の
1km程の間にあります。
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