大阪天王寺区
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天王寺区は大阪市の南東に位置しています。
区内には市内の南のターミナルJR天王寺駅があり、
近鉄大阪線の上本町駅もあります。昔はここが
近鉄の始発駅でしたが、現在は難波まで延伸され
阪神電鉄と乗り入れています。

区内には四天王寺や天王寺動物園があります。

西隣の浪速(なにわ)区は区内に関西線の
ターミナルであるJR難波駅、南海電鉄難波駅が
あり、通天閣も浪速区です。
「商売繁盛で笹もってこい」の「えびっさん」で
大阪人にはなじみの今宮戎神社は通天閣の
近くにあります。

大学が上本町八丁目にありましたので、この辺りは
よくうろついた場所ですが、50年以上も前で、
2014年10月に大学の同期会を機会に久し振りに
四天王寺を訪れました。


四天王寺
四天王寺は、大阪市天王寺区四天王寺にある寺院です。聖徳太子建立七大寺の一つとされており、
山号は荒陵山、本尊は救世観音菩薩です。「金光明四天王大護国寺」とも言われています。
「日本書紀」によると推古天皇元年に造立が開始されたと云うことです。
四天王寺の全体図です。
今回訪問時間が遅く、有料入場個所
(本坊、中心伽藍、宝物館、庭園)は
15時半までの入場の為見ることが
できませんでした。

四天王寺は、推古天皇元年(593)に
建立されました。
『日本書紀』の伝えるところでは、
物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、
崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が
形勢の不利を打開するために、自ら
四天王像を彫り、もし、この戦いに勝利したら、
四天王を安置する寺院を建立し、この世の
全ての人々を救済する」と誓願され、
勝利の後その誓いを果すために、建立された
ということです。

殆どの建物は室戸台風や空襲で焼失し
1963年以降の再建となっています。

今回は地下鉄「四天王寺前夕陽丘」駅より
向いました。従い、中門より境内に入り、
石舞台に出て中心伽藍を一回りして、極楽門
経由石鳥居から出場しました。


四天王寺の西北部にある中之門です
右手の建物は四天王寺高校です。
大阪では公立の進学校として有名です。

この北寄りに乾門があります。
霊園への近道になっています。
中之門を入ってすぐ右手に
地蔵尊があります。
この隣に地蔵山があります。
数多くの地蔵さんが祀られています。
地蔵山は明治40年代、近隣及び境内に
祀られていた有縁無縁の地蔵尊を
小丘に合祀したのが始まりです。
地蔵山の奥にある地蔵尊です。

画面にポインターを置くと地蔵山の
状況をご覧いただけます。

元三大師堂です。
元三大師をお祀りすることからこの名が
付けられたお堂で、1618年(元和4)の
建立です。元三慈恵大師良源は第18代
天台座主であり、叡山中興の祖といわれて
います。また、おみくじの創始者でもあります。


お堂の右側に祀られている
賓頭蘆(びんずる)尊者です。
「びんずるさん」と親しまれている尊者で
この像の頭を撫で、自分の頭を撫でると
知恵が貰えると言われています。

左にあるのは「おもかる文殊」です。
持ち上げて重たかったら知恵が授かると
言われています。
大黒堂です。

本尊は一体の像に大黒天、毘沙門天、
弁才天の顔を持つ“三面大黒天”です。
この姿からして福の神トリオの仏様は、
子孫繁栄・福徳智慧・商売繁盛などに
ご利益があるとされ、昔から庶民に信仰
されてきました。
毎甲子(きのえね)が御縁日として賑わい、
特に旧正月には多くの人が集まるそうです。

北鐘楼です。
正式には、黄鐘楼(おうしょうろう)といいます。
北の引導鐘・鐘つき堂とも呼ばれ春秋の
彼岸にはお参りの人でごったがえそうです。
このお堂の鐘の音は遠く極楽までも響くと
いわれてます。

石舞台です。
亀の池の上に架かっている石橋に
組まれた舞台で、毎年4月22日に
聖徳太子を偲んで行われる聖霊会
舞楽大法要の際には、古来よりの作法に
のっとり舞台上で舞楽が舞われるそうです。

太鼓楼です。

北鐘堂と相対峙して、伽藍の両耳になって
います。もと刻を知らせる太鼓を鳴らすお
堂でしたが、再建の際に新たに北鐘堂と同じ
黄鐘調の鐘を設け、大晦日には、除夜の鐘・
招福の鐘として撞かれています。
六時礼賛堂です。国の重要文化財に
指定されています。
境内中央に位置する雄大なお堂で、
昼夜6回にわたって諸礼讃をするところから
六時礼讃堂の名があります。薬師如来・
四天王等をお祀りしており、回向(供養)、
納骨等を行う寺の中心道場でもあります。
西重門です。
伽藍への入場はここから入ります。
開場時間は午後4時までで、入場は
午後3時半までとなっていました。
午後3時40分に到着しましたが、
入場かなわず、門の中へ入り込み
内部の写真を撮るにとどまりました。
五重塔です。
聖徳太子創建の時、六道利救の悲願を込めて、
塔の礎石心柱の中に仏舎利六粒と自らの
髻髪(きっぱつ)六毛を納められたので、
この塔を「六道利救の塔」といいます。
金堂です。
聖徳太子のご本地仏である救世観音を
お祀りし、四方を四天王が守護しています。

左手奥に見えるのが講堂です。

金堂奥に見えるのは東重門です。

中にいる人は15時半までに入場した人で
こちらは残念ながら時間が遅く中に
入れませんでした。

西重門から内部を撮影しています。

中門(仁王門)です。
中門は中心伽藍の南端、南大門の北に位置し、
脇の間に伽藍の守護神である金剛力士
(仁王像)をまつっていることから俗に仁王門 と
呼ばれています。
内部から見ていますので、仁王像は見えません。
右奥に少し見えるのが南大門です。

阿弥陀堂です。
現在の本堂は、昭和28年に四天王寺末寺の
三重県国束寺(くずかじ)の本堂を移築した
ものです。本堂右のお堂は、納骨総祭塔に
納骨されるお骨を仮安置する納骨堂です。
法然上人二十五霊場の札所となっています。

後ろに見えるビルは「あべのハルカス」で
2014年現在日本で最も高いビルです。
近鉄グループのビルです。
近鉄阿倍野駅そばにあります。
中心伽藍を南大門の前から眺めて
います。
手前は中門(仁王門)、奥に五重塔です。
なぜか、南大門の写真が有りません。
多分、逆光で撮り難かったらかと思います。
南鐘楼です。
南大門の東寄りにあります。
正式名称は、鯨鐘楼(げいしょうろう)と
いいます。

太子殿です。
聖徳太子をお祀りしているお堂(天王寺の
ご廟)で、正式には「聖霊院(しょうりょういん)」
といいます。太子信仰の中心となっています。

殿内には太子16歳の像、2歳の像、および
四天王祀られています。

画面にポインターを置くと
聖霊院の正面をご覧いただけます。
太子奥殿です。
奥殿には太子四十九歳像(1月22日のみ
公開の秘仏)が祀られています。

六角形の建物になっています。

右に見えるのは絵堂で、 聖徳太子の一生の
事蹟が描かれた絵伝を礼拝の対象として
安置している建物です。

西大門(極楽門)です。

推古元年の創建です。現在の門は昭和37年、
松下幸之助氏の寄贈により再建されました。
西大門は、極楽に通ずる門の意味から、通称
極楽門とよばれています。
門柱に転法輪があり、参詣者はこれを回転させ、
直接法門に触れることにより、洗心の功徳を
積むことができるとしています。

画面にポインターを置くと
門柱に据えられている法輪をご覧頂けます。
石鳥居です。日本三鳥居の一つです。
国の重要文化財に指定されています。

横に「大日本仏法最初四天王寺」と記された
石碑があり、扁額の文字は「釈迦如来
転法輪処 当極楽土 東門中心」と書いてあり、
これはお釈迦様が説法を説く所であり、
ここが極楽の東門の中心であるの意なのだ
そうです。
この額は箕の形をしており<チリトリ>のように
全ての願いをすくいとって漏らさない
阿彌陀如来の本願を現しています。

もともとは木造だったのが1294年に現在の
石造となりました。

何でお寺に鳥居が??と奇異に感じますが、
元来鳥居は聖地結界の四門として古来インド
より建てられたもので神社に限ったものでは
無いのだそうです。へぇ〜でした。
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