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ヨルダン南部は死海から南になります。
アカバはヨルダンで唯一の港町で貿易港となります。このアカバから
アンマンまでの道路はかっての王道であり、シルクロードの延長でも
ありました。
大部分が砂漠のこの地域ですが、新石器時代にはすでに人が住み、
数々の遺跡を残しているようです。
中でもぺトラ遺跡はその規模と色彩から「古いバラ色の都市」と
言われ紀元前4世紀頃ナバテア人が先住のエドム人を駆逐して
王国を築いたのが今に残っているようです。
遺跡群の美しい色は写真ではなかなか表現できないのが残念です。
また、この南部には「アラビアのロレンス」の舞台となった
ワディ・ラムがあります。エジプトには白の砂漠と黒の砂漠がありますが、
ここはまさに赤い砂漠といえましょう。この砂漠のあちこちに太古から
の人類の痕跡が残されています。
アカバは紅海沿いのリゾート地として知られ、1年を通して気候は温暖で、サンゴ礁や
熱帯魚が豊富で、アクアラングやグラスボートなどでの海中探査が楽しめます。
一方で、アジア、アフリカ、ヨーロッパの交通の要衝であり、古い街並みとは別に、
新しい工業区が広がりつつあります。
ホテルのプライベートビーチ 奥はヨットハーバー | ヨットハーバーの灯台からイスラエルを望む | |
アカバのイスラム都市遺跡(イーラ) | イーラの遺構 埋まっていたのを発掘中 | |
アカバ城遺構 | 同左 | |
アカバの砂絵師 弟は愛知万博に参加した由 | 砂岩からとった色砂をうまく使って絵を描く | |
砂漠にできた大きな谷であるワディ・ラムは紀元前4500年の居住跡も見つかっています。
ここは第一次世界大戦時オスマン帝国に抵抗するアラブ民族の拠点となり、ファイサル王子と
T.E.ローレンスによって利用された場所として有名になりました。
映画「アラビアのロレンス」の撮影場所にもなった場所です。
ロレンスの名付けた「智恵の七本柱」 | 花崗岩の岩山が砂漠の中に連立している | |||
砂漠と楯状の山々 | ここの砂の色はまさに赤色 | |||
この亀裂の間に人のすんだ痕跡があります | 亀裂内部の壁に描かれた岩絵です 左は狩りの図、右上は結婚式、下は祭神です。 |
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シクを出たところにこのエル・カズネが そびえています。 ピンク色に輝く遺跡はまさに圧巻です。 高さ40m、幅28m。岩山に彫られた 恰も宮殿のごとき建物は、訪れる人を 感激させるに充分の迫力です。 2階正面に壺飾りがある円形塔 (トロス)がありますが、この中には ファラオの宝が入っていたとの伝説から このモニュメントを宝物殿と呼ぶそうです。 ぺトラ遺跡の中でも代表的な建造物です。 |
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シクへのアプローチ道路です。 | アプローチ道路左手は四本のオベリスクの ある墓。 |
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シクの入口 | シクの途中のダム | シクは岩の割れ目です | |
シクの至る所には神像が彫られている | 壁面に数多く彫られている祭神像 | ||
シクには街へ雨水を流す水道が掘られている | シクを1.2`歩いたところでエル・カズネが 見える |
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エル・カズネをさらに進むと左手に巨大な墓がある 神殿とも言われているが、墓説が有力とか。 |
住宅や官庁の建物。上のほうが高級らしい。 | ||
ナバタイ風家屋の集落と墓 | 砂岩にはミネラルで色々な色がついてる。 これを利用して砂絵の材料としている。 |
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円形劇場 (正面の少し白っぽいところ) | 円形劇場 一つの岩から掘られている。後ろの 窓は音響効果のために作られたもので、 3500人収容。紀元前から紀元にかけ建造。 |
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ローマ時代の市街地 ローマ風柱列がある | 凱旋門(ナバタイの門とも呼ばれる) 正面中段右寄りの岩場の窓は エル・バビス博物館 |
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アル・ビント城 ナバタイ大神殿とも | エド・ディルへの途中にあるライオン・ トリクリニュム |
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エド・デイル ひとの大きさから建物を感じてください | 王家の墓の内 宮殿の墓 | ||
王家の墓の内 シルクの墓 色がきれい | 王家の墓の内 アーンの墓 | ||
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