浙江省 水郷
 中国へ
浙江省は昔から商業の発達した地区で寧波や温州はその代表です。
浙江省には大きな工業地区は有りませんが流通をつかさどる事で、豊かになりました。
従い、新中国でもその性質は変わらず、偽物作りでは中国一の能力を持っています。
その反面、古い街を上手く利用して新しい手法で観光客を集める能力に長けています。

江南地区の一部として浙江省には幾つかの水郷があります。
昔は普通の鎮として存在していましたが、上海近くの周荘が水郷として観光客を呼んだことから、
村おこし的に古い水郷の村があちこちで観光化され始めました。 今回は浙江省では二か所の水郷を訪れました。

水郷 西塘
浙江省嘉善県(上海との境)にある水郷の街です。
映画「ミッション インポッシブル3」の撮影場所にもなりました。
西塘の街中です。
水路が入り組んでいるので、橋の数が多いです。
夫々の橋の形も違い、楽しい眺めです。
街への入口です。
道路は全て石畳になっていますが、
この石は殆どが再利用されている石のようで、
模様や文字が道路の石に入っています。

白壁の家の塀にはうだつが付いています。

画面にポインターを置くと別の画面をご覧頂けます。
入口付近は道路幅は 幾らか広めですが、
奥に入ると道は下の写真のごとくせまくなり、
横道は更に狭くなります。
商店街も人が並んで
やっと歩ける程度の道幅です。

画面にポインターを置くと別の画像をご覧いただけます。
横道に入ると殆ど人一人が通れる程度の幅しか
ありません。

昔の街づくりの際に何らかの理由があったのだろうと
思いますが…
水郷の風景です。
昔は船が交通の要になっていたのでしょう。
河沿いに大きな邸宅があります。

倪宅です。
倪一族の実家で倪天増氏は上海市の副市長でした。
上海在留の折何度かお会いしましたが、
こんな家の出身とは知りませんでした。
倪宅の内部です。

左上 客室と前庭
右上 客室
左下 夫人の居室
右下 台所

室内の什器類は立派なものが並んでいました。
運河に沿う古い家並みが保存されています。

画面にポインターを置くと別画面をご覧頂けます。
通りには生活の香りが一杯です。
西塘の街中に西園という庭がありました。

ここは明代の朱氏の家で、当時の大家の建築様式が
残されています。
現在、屋内は扇面展示場や印鑑の展示場が
設けられています。
西塘の特徴は通りに突き出された軒下です。

雨を避けられるようにとのまさにアーケードの
原形です。
アーケードに漂う江南の香り。

臭豆腐を揚げる香です。
日本人にはおそらく臭くて食べられないと思いますが、
なれると病みつきになる食べ物です。

豆腐を発酵させてチーズ状にしたものを
油で揚げます。

画面にポインターを置くと
生の臭豆腐と揚げた豆腐をご覧頂けます。
横にあるのは粽です。
西塘のもう一つの特徴は街の横道の狭さです。

まさに壁と壁の間を擦り抜けます。
左はこの細い路地を輪タクが通っています。
画面にポインターを置くと輪タクが通った後を
ご覧頂けます。

右はレストランへの入口の路地です。知らない者は
まず、レストランがあるとは考えられないでしょう。
ゆったりと流れる運河、ゆるゆると進む船、
白い壁と黒い瓦。
まさに癒しの眺めです。

画面にポインターを置くと
石橋がご覧いただけます。水郷には石橋が似合います。
西塘での昼食です。

何の変哲もない料理で、毎日食べても飽きない
感じです。

左のオレンジ色の物はじゃがいものスライス炒め。
右の黒い色の物は紅焼肉の雪菜和えです。

水郷 烏鎮
鎮は浙江省桐郷県(杭州近く)にある水郷です。
西は京杭大運河(隋の時代に煬帝が建設した北京から杭州まで
繋がる運河)に接しています。この運河を利用して街の中には水路が
巡らされています。街中には昔ながらの染工場や酒造りの家などが
残されています。街をゆっくり見るには少なくとも半日は必要でしょう。
我々は1時間にも満たない間に駆け足で通り抜けました
村の東の入口付近の景観です。
左手の門が入口になっています。
村の入口に並んでいる観光客のほとんどは
上海近郊から来たと思われる人たちです。
土曜日と言うことで更に現地の人が多いのでしょう。

画面にポインターを置くと別の画像がご覧頂けます。
モニュメントとして昔の村の人たちの働く姿を、
彫像にしていました。
水郷の東の端には屋根つきの橋が掛っています。


右寄りにある長い竹竿は、下に臼があって
穀物を挽く道具のようです。

ポインターを画面に置くとこの道具がご覧頂けます。
街中への入口付近です。
古い家並みが続きます。
街中の通りは西塘に比べて、側敷石2枚分程度
広くなっています。
なぜか「江南百床館」と言うベッドの博物館があって、
古いベッドを何台も展示していました。
このベッドは中でも高級品で清朝の物で、
紫檀製だそうです。
烏鎮の白酒(三白酒)が有名とのことで、
街中に酒蔵が残っています。
現在も製造しており、試飲させてくれましたが、
茅台酒や五糧液には及びませんでした。

現地のお嬢さんたちの記念撮影を横撮りさせて
貰いました。
これは現在も使われている蒸留釜です。
藍染の工場が残っていました。

最近は農村でも藍染の着物は着なくなったそうで
土産品などに使われるようです。

本来、藍は蝮が嫌う香があり、農家の人がモンペや
手甲脚絆に使ったのには理由があったのです。
(これは我実家の仕事からの知識です・・・・)
         紹興へ   杭州へ  上海