バルカン半島
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モンテネグロ

モンテネグロは1918年のユーゴスラビアの
一構成部分からセルビア・モンテネグロ国家連合を経て
住民投票の結果2006年6月3日に独立宣言しました。
国土面積は四国から愛媛県を抜いた大きさにほぼ同じ
1.38万㎢でそこに人口約60万人が住んでいます。
モンテネグロとは黒い山を意味するそうです。
当地には日本大使館はなく、在セルビア日本大使館が
代行しています。
通貨はユーロ―を使っていますが、EUの構成員ではなく、
ユーロ―から通貨を購入して利用しているそうです

コトル

コトル周辺地図
今回のモンテネグロ訪問はクロアチア国境から入り、コトルへ行ったのみで、
首都のポドゴリツアなどには寄れませんでした。
左図の緑の線が今回の移動部分です。
クロアチアから入り、カメナリ・フェリーで湾を横切り、ショートカットでコトルへ出ました。
コトルは1979年に世界遺産に登録されています。
コトルはアドリア海に面したボカコトルスカ湾の中にある街で、
入組んだ入り江に囲まれた港町です。
ボカコトルスカ湾とは元谷であったところが陥没してできたもので、
複雑な地形を形成している湾の事だそうです。湾は4つに分かれていて、
それぞれに名前があり、コトル港のあるのはコトル湾と呼ばれています。
コトルの旧市街はオスマントルコの侵入を防ぐため背後の山に城壁が
張り巡らされており、これはヴェネチア共和国により築城されたもので、
旧市街の建物にもヴェネチアの影響が残されています。
1883年にはオーストリアにより城壁の修復がなされています。

モンテネグロのアドリア海沿岸地区では1979年に大地震に遭遇し、
コトルの建物も相当被害を受けたそうです。現在は殆どが修復されています。
カメナリのフェリー乗り場です。
乗車したままでもOKです。
結構数多くの車を運んでいます。
ボカコトルスカ湾からコトル湾の方向を
眺めています。
コトル湾は正面の右寄りに入り込んで
おり、左にも湾があります。
アドリア海に続く湾の水は深い青色を
していました。
コトル市街の一隅から旧市内方向を
眺めています。
長い城壁が見えます。

画面にポインターを置くと
城壁の拡大写真がご覧頂けます。
コトル港に係留されている船です。
ヨット系が多く仕事用とは思えません。
旧市街入口にあった
町の概念図です。
建物にはそれぞれナンバーを付けて
説明してありますが、言葉がわかりません。
貰った案内書で何とか名前だけは
判りました。
旧市内に入るところを流れている
シュクルダ(Škurda)川です。
旧市街の城壁が長々と伸びています。
手前の石はおそらく古い橋桁でしょう。
写真①
旧市街への入り口のある通りです。
写真②
海の門です(1555年造)。
旧市街には全部で3つの門があり、
西寄りの門です。
他は南寄りにグルディッチ門(13~18世紀)、
北端に川門(1540年)があります。
写真③
海の門を入ってすぐの広場の前に
時計塔があります。
1602年に造られています。
写真④
プリマ宮殿(ピアの館)です。
17世紀のものですが地震で倒壊し、
その後そのままの材料を利用して
再建されたものだそうです。
写真⑤
聖トリファン大聖堂
時計のある塔が東になります。
後ろは崖になっています。
写真⑥
旧市街で一番大きそうな
建物でした。
詳細は判りません。
写真⑦
カランバナ井戸です。
17世紀から利用されているそうです。
写真⑧
ロムバルチッチ宮殿です。
17世紀末の建造です。
写真⑨
城壁への登り口です。
年齢も考えて最初の砦までで
引き返しました。
それでも旧市街の鳥瞰を
たっぷり楽しめました。
写真⑩
旧市街南よりの眺めです。
逆光で遠くの眺望が悪かったです。
左手の鐘楼は聖トリファン大聖堂です。
西南方向の眺望です。
正面の高い建物が
先に出ていた建物です。
これだけは赤い屋根がありません。
その向こうのドームは
聖ニコラス教会(1909)です。
西北方向の眺めです。
手前の教会は聖メリ教会(1221)です。
6世紀には古代キリスト教バシリカでした。
城壁の途中にある聖母教会(1518)です。
この辺りまで登りたかったのですが、
時間もなく、体力も考えて諦めました。
遠くから見るだけでも十分でしょう。
崖に造られている城壁の状況です。
中央に少し見えるのが上図の聖母教会
です。
旧市街の北にある川の門です。
出たところにシュクルダ川に架かる
小さな橋があります。
写真⑪
市内にあった柑橘系の木です。
いっぱい実がなっていました。
写真⑫
街中にある樹木は石畳の中で
しっかりと育っています。
写真⑭
旧市街は総て石畳で建物は石造りに
なっていました。
古さだけではない落ち着きのある街です。
クロアチアのドブロヴニクとも感じの
異なる雰囲気を持っています。
写真⑬
帰り道の川は夕方の光で
行よりも柔らかくなっていました。
帰りのフェリーから南の方を眺めています。
海の碧さと屋根の赤、壁の白が
どこの街でも絵になっています。
これに夕日をと言う欲は充たされ仕舞い
でした。
対岸の街並みです。
上の方にお城の跡のような建物も
有ります。
クロアチアへの国境を抜けるころには
夕日が落ち始めていました。
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