聖ヨハネ教会
泊まったホテル
バルカン半島
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スロベニア共和国

スロベニア共和国は1991年にユーゴより独立しました。1990年12月23日の国民投票で住民の独立希望が
88%を超え、1991年6月25日に独立自主統治権の基本憲章を議会が採択し独立宣言、ユーゴ軍の
独立妨害も10日間の交戦によりこれを排除し、1991年12月23日に基本憲章が正式に公布されました。
独立後の1992年には国連加盟、1993年には欧州議会に迎え入れられ、2004年にNATO,EUに加盟、
2007年にユーロに参加し、同年にシェンゲン領域となりました。従い、通貨はユーロであり、EU間の国境も
フリーとなっています。
人口は約200万人、首都はリュブリャーナ(今回訪問せずでした)です。

ルフトハンザ航空の地上員ストライキで予定の便が
飛べず、別の航空会社の便に変更してローマから
左図のトリエステへ飛び、そこからバスでボーヒン湖に
あるホテルまで走りました。到着は午前3時でした。
ボーヒン湖とブレッド湖はユリアンアルプスの最高峰である
トリグラウ山の麓にあります。山脈とボーヒン湖は
トリグラウ国立公園になっています。
ボーヒン湖からブレッド湖へ向かい、午後には
ポストイナ鍾乳洞を訪れました。
今回首都のリュブリャーナには寄る時間がなく、
ポストイナからクロアチアのアドリア海に面した都市
オパティアへと向かいました。
ボーヒン湖 Bohinj Lake
ユリアンアルプス(ユリアスシーザーからの命名とも言われています)の麓で
標高581mにある湖で(現地で入手の地図には水面高さ523mの表記)、
周囲は約12kmで遊歩道がいくつも作ってありました。
周辺にはスキー場や登山道などもあります。
氷河湖でブレッド湖と同様に湧きだす水で形成されている湖です。
アガサクリステーもこの地を好んで訪れたそうです。
街中にあった案内板です。
この案内板の地域がトリグラウ
国立公園になっています。
我々は教会の近くの
ホテルに宿泊しました。
湖はボーヒン湖、水深は最深部
45mです。
北側にはユリアンアルプス
が聳えており、最高峰の
トリグラウ山も街から
遠望できるそうです。
我々は朝の天気が悪く、
最高峰を望むことは叶いません
でした。
石橋の麓に建つ聖ヨハネ教会
です。
教会は木造で10世紀後半か
11世紀半ばに作られたそうです。
ボーヒンでは最も有名な景観と
案内板に記されていました。
石橋は1926年に元の木の橋
から作り替えられたものです。
教会の壁面にフレスコ画が
見えますが、この4枚の
フレスコ画はそれぞれ
1300、1400,1530,1894年
に描かれたものだそうです。
石橋からの湖の眺めです。
小雨が降り、雲が多くて
トリグラウ山は見えませんでした。
それでも朝の湖は綺麗でした。
湖の南側の眺めです。
後ろの山々にはまだ雪が
残っていました。
湖の北側、この方向に
トリグラウ山があります。
雨模様の中、水の色は
濁りもなく、澄んでいました。
石橋の向こうは宿泊した
ホテルです。
景観にマッチした建物でした。
うすら寒い小雨の朝、
鴨のつがいもなんとなく
元気がありませんでした。
街中に小さな公園がありました。
中央に四人の男性の像が
立っています。
この人たちはトリグラウ山に
初めて登頂した2人の鉱夫と
医者と登山家だそうです。

ポインターを画面に置くと
彫像がご覧いただけます。
地元の学生でしょうか、ガイドと
トレッキングに来ていました。
湖のそばに咲いていた花たち
です。
左はクリスマスローズに似た
花ですが、名前は判りません。
右も紫の花をつけていましたが
正しい名前は判りません。
真ん中の葉っぱはスズランの
様ですが、まだ花芽も出て
いませんでした。
ブレッド湖 Bled Lake
ブレッド湖はボーヒン湖から北東へ30km程のところにあります。氷河湖で流れ込む川は
なく、冬場の氷雪の融けた水が湧き出てできた湖だそうです。標高500mにあり大きさは
幅1.3km、長さ2.1kmで、水面の高さは475m、最大水深は30.6mあります。
湖の中のブレッド島には教会があり、スロベニアで島に教会のあるのはここだけだそうです。
湖畔にはブレッド城があり、かってはハプスブルグ家の別荘にもなっていました。
この湖はカヌー競技に適しているそうで、過去4回も世界選手権が開かれています。
ボーヒンからブレッド湖へ
向かう途中のスロベニア
北西部の農村風景です。
まだ天候は曇りで画像にキレが
有りませんが、春の息吹を
感じさせてくれる景色です。
車窓からのブレッド湖と
ブレッド城です。
後ろにユリアンアルプスの
東端が見えています。
ブレッド湖の概観図です。
上が北になります。
上の写真は左図@からの
眺めです。
下の写真は左図Aです。

以下B〜Fはそれぞれの
写真に記しています。
こんな手漕ぎボートで
ブレッド島へ渡ります。

画面にポインターを置くと
漕ぎ手のおじさんの
漕ぎっぷりをご覧頂けます。
チトー元大統領の別荘で
現在はホテルとして利用
されています。
天皇がユーゴ訪問の際、
チトー元大統領の招待で
この別荘に滞在されたそうです。
船から見たB方向の
ブレッド湖の眺めです。
天候の加減か写りが芳しく
有りませんでした。
肉眼では水の色がとても
美しい湖です。
北東の方向(正面奥)に
ユリアンアルプスが見えて
います。
ブレッド島の全景です。
中央の塔は
聖マリア教会です。
Cからの眺めです。
船着き場から教会へ上がる
99段の階段です。
この教会で結婚式を挙げる
新郎は新婦を抱えてこの階段を
登らなければならないそうです。
相当体力がないとこの教会で
結婚式は挙げられそうに
ありません。
聖マリア教会の全景です。

創建は6〜7世紀ごろ、
17世紀ごろから現在の状態に
なったようです。
バロック様式になっています。
左手はショップになっています。
塔の高さは57mあります。
教会内部です。
聖壇の手前の天井から
紐が下がっています
(シャンデリアの向こう)。
これは鐘楼の鐘を鳴らす紐で
これを引くと願いがかなうと
言われています。
このいわれは信心深い夫人が
強盗に殺された夫の蘇生を願い
寄付した鐘が教会へ送る途中
嵐のため湖底に沈み、夫人は
悲しみのため尼僧となったあと
亡くなりました。
これを聞いたローマ法王が
1534年に新しい鐘を贈った
事によるそうです。
鐘の紐は 大変重く家内と二人で
やっと引けました。

左手の祭壇は聖ブラシウスの
右手の祭壇は聖マグダーレンそれぞれの
ために捧げられたものです。
案内書に年代の記載はありませんでした。

左は聖母マリア像の右手の
壁面でフレスコ画が描かれて
いました。

右は入り口の上部にある
1639年製パイプオルガンです。
壁面には聖画が描かれています。

1747年製のマリア像(正面)
1690年製の聖アンナに捧げ
られた祭壇です(教会左手にある)。
1687年製の聖ミカエルに捧げ
られた祭壇です(教会右手にある)。

画面をクリックすると拡大画面を
ご覧いただけます。
水面にある標識と浮きは
カヌー用のものだそうです。
ここで練習した選手が
好成績を上げたことが評判と
なり、世界中から選手が
集まるようになったそうです。
ブレッド島から眺めた
ブレッド城です。

ポインターを画面に置くと
拡大したお城をご覧頂けます。

城の奥には雪が残る
アルプス連山が見えています。
ブレッド城の城壁です。
湖側は開放され、陸側は
このような堅固な城壁で
囲まれていました。
1004年の建築で、
当初はこの城壁のみで
右は住居用、回廊は守備用に
使われたそうです。
城の内部で、上の写真の
中央の砦部分が赤い瓦の
塔屋で両側に回廊が続いて
います。
回廊からの眺望です。
地図のF方向の眺めです。
ユリアンアルプスが遠望
出来ました。
城の内部のテラス部分です。
右手は一、二階が博物館に
なっています。
下の写真は博物館内にある
17世紀のトイレです。


湖側のテラスです。
赤い天幕の所が印刷所への
入り口になっています。
一階には活版印刷所があり、
希望すれば入場記念証の印刷も
してくれます。この印刷機は
スロベニア文字の使用を禁止
された時にドイツから印刷の
システムを持ち込み
ここで印刷をしたとの事です。
地図のE方向の眺望です。
ブレッド湖の東端になります。
ブレッドの街が続きます。
テラスから眺めた
ブレッド島と聖マリア教会です。
エメラルドグリーンの湖面と
そこに浮かぶ島は「真珠」と
呼ばれるに相応しい景観です。
お城の内部で、
・記念メダルを作るお兄さん
・博物館内部
・ワインセラーの入り口
・ワインセラー内部と営業中の
 修道士です。
いずれもクリックすると拡大して
ご覧いただけます。
当地の旗です。
手前はBladの旗。
紋章はブラッド城とブラッド島
になっています。
中はスロベニアの国旗です。
紋章はユリアンアルプスの
最高峰トリグラウ山です。
左はEU連邦旗ですね。

島に咲く花たちです。いずれも可憐な花でした。
ポストイナ鍾乳洞 Postojna Caves
スロベニアは広大な石灰岩の広がるカルスト台地から形成され、
全国には6,000余の鍾乳洞があるそうです。
中でもこのポストイナの鍾乳洞は欧州最大規模で、
世界でも3番目の大きさなのだそうです。
長さは27km,見学できるのはそのうち5km程で、途中までトロッコで進み、
そこから洞内を徒歩で回り、再びトロッコに乗り、出口へ戻るように
なっています。残念ながら洞内は撮影禁止となっており、撮影可能な
一部のみの紹介となります。
ブレッドからポストイナ
に向かう途中の
農村風景です。
お天気もすっかり
良くなりました。
それでも雲が多く、
写真には厳しい光量です。

春を迎えた村には
明るい光が相応しい
のですが・・・・
ポストイナ周辺の
鍾乳洞の所在案内
説明板がありました。
茶色の部分が鍾乳洞の
大きさですが、
ポストイナのスケールは
圧倒的に大きいようです。
ポストイナ鍾乳洞の入り口へ
向う途中の景観です。
左手の橋の向こうがこの川が
鍾乳洞内の地下を流れる
ビフカ川に流れ込む口になって
います。
水量は多く、透明度は高いです。
ビフカ川が10万年かけて
石灰岩を侵食し形成した
鍾乳洞です。

画面にポインターを置くと
洞窟に流れ込む様子を
ご覧いただけます。
正面の建物の横に
水車が作られていました。
何に使われるのかは
聞き漏らしました。

画面にポインターを置くと
水車の拡大写真が
ご覧いただけます。
鍾乳洞への入り口の
建物です。
一部はレストランになって
います。
我々はここで昼食を摂りました。

石灰岩に大きな洞穴が
できています。
鍾乳洞への入り口は
右手の建物から入り、
下図のようなトロッコに
乗って内部へ進みます。
ここから先の撮影は禁止です。
でも、結構多くの人が
フラッシュを光らせていました。
特に中国人はお構いなしです。


鍾乳洞の最終地点が
コンサートホールと言われる
比較的新しい部分です。
ここだけは写真撮影が
許されています。
人の大きさから洞内の
スケールを想像してください。
高さは40mあります。
ここでは音響効果が良いので
音楽会も開かれるそうです。
この辺りの鍾乳石はさすがに
まだまだ小さく、ここまでに
見てきたものとは格段の差が
有りました。
スロベニアでの唯一の
食事です。
ハムサラダとターキーの
グリルでした。
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