デリー
コルカタ
アグラ
ジャイプール
 ファテープル・シークリー
インドは共和国制の国家で、人口は約11.3億人。中国に次いで世界2番目の人口を有し、
BRIC'Sの1メンバーとして経済発展の過程にあります。
初回は2010年1月末から2月上旬にかけバンコックからコルカタに入り、コルカタからデリー経由
アグラに行き、念願のタージ・マハルへ行きました。
2回目は2014年1月中旬から下旬にかけてスリランカからデリー、シャイブル、アグラと回りました。
インドのイメージとしては牛、乞食、雑然、ターバンといった感じでしたが、初めてインドを訪れ、
勿論広いインドのほんの僅かな点と線を移動したに過ぎませんが、これらのイメージがあまり
正しいものではないことが分かりました。牛は街中ではほとんど見られませんでした。
アグラへ行った折に時々見受けましたが、交通の妨げになるようなことはありませんでした。
また、覚悟していた物乞いは皆無ではなかったにしろ、ほとんど見受けず、袖を引かれることも
一切ありませんでした。行った場所によるのでしょうが観光地でもほとんど経験しませんでした。
勿論、しつこい土産売りの人が纏わり付いてくるのはどこの国とも同じでしたが・・・・
それと、インドは暑いというイメージも、前回も今回も訪問が1月中旬から2月初めのインドと
言うことで気候的にはベストシーズンでもあったため、何度もプレーしたゴルフでも全く汗をかかず、
むしろ朝晩は肌寒くて1枚余分に着るものが必要な位で、想像とは違っていました。
1月中旬ではダウンのジャケットが必要なくらいに寒かったです。
インドを見直したのは、最初の時にコルカタからデリーに移動の飛行機の座席に財布を落としてくる
という失態をしでかしたのに、現地の知り合いの協力で数時間後には財布が手元に戻るという
ハプニングでした。ちょっとではなく大いにインドを見なおしたものです。
確かに生活の実態に触れたわけではないので、違ったインドの側面も沢山あるでしょう。
ただ、それが目につかない状態にまでインドのレベルが上がったのだと言えるのではないでしょうか。
なお、都市の名前が変わっています。コルカタは元カルカッタ、ムンバイは元ボンベイ、チェンナイは
元マドラス、いずれも1995年〜2001年に改名されています.
2014年1月の写真は下のボタンからお入り頂けます。  
デリー(2)
デリー
デリーはインドの首都です。デリーはその発展の段階でオールドデリー、ニューデリー、ニュー・ニューデリーの
3地区に分かれます。政治の中心は英国の統治時代に計画的に作られたニューデリーにあります。更に、インド
独立後、ニューデリーが広げられニュー・ニューデリーとなっています。日本では首都をニューデリーとしています。
インド大統領官邸

英国統治時代の
総督府です。
インド国防省です。
財務省の建物です。
インドの国会議事堂です。円形です。
官庁街の道路は放射状に
延びていますが結構静かな環境です。
インディアゲートです。
ニューデリーの中心の東側にあります。
国会議事堂をはさんで西側が大統領府に
なっています。
インディアゲートを北に行くとオールドデリーに
出ます。
街並みががらっと変わります。
英国の統治の前からある街並みです。

画面にポインターを置くと別の街並みも
ご覧頂けます。
オールドデリーとニューデリーの間にある
レッドフォート(赤い城)です。
ムガール朝時代の建築の集大成となっています。
赤砂岩で造られているので、赤い城と呼ばれて
います。
インドの建物で赤い色が多いのは
この砂岩が使われているためで、
白い大理石は海外からの輸入となっています。

(*画面にポインターを置くと正門の眺めが
ご覧いただけます)
城からオールドデリーに入ったところに
公衆便所がありました。
剥き出しのままのトイレでした。

2010年の写真ですが、2014年にも
同じ場所に同じものがありました。
デリー南寄りにあるクタブミナール(Qutab Minar)
です。世界遺産です。
13世紀初頭に建てられた赤砂岩製の塔で
72.5mあります。
元はバラモン教の寺院だったところに
イスラム式の寺院を建てたものです。
アーチ型の煉瓦で出来た門の遺跡は
イスラム式の門で、その左に残っている構造物は
バラモン教寺院跡です。
イスラムがバラモンを征服したという意味で
敢えて、バラモンの遺構を利用したと
言われています。
バラモン寺院の柱は色々な彫刻がされています。
残されているバラモン教寺院の遺構です。

ポインターを画面に置くと塀の彫刻を
ご覧頂けます。
柱一本一本に細かい細工が施されています。
天井にも細かい石細工が施されていました。
色々な色の石の組合せです。
最初の塔より更に高い大きい塔を作り始めた
のですが未完のままで残されていました。
インドの女学生でしょうか、大勢女性が
来ていました。

(*)
家族連れも多かった
です。
デリーで観光客に最も人気があると
言われているフマユーン廟です。
世界遺産に登録されています。
この形状はイラン・イスラム建築方式で
タージ・マハルの原形となっているそうで、
ここも全てが左右対称に作られています。
1565年の建造です赤砂岩に一部大理石が
使われています。
普通に池の前にたってもこの景色は見られません。
カメラを水面一杯に降ろしてカメラ目線でのみ、
この反射映像が見られます。
二回目も同じ試みをしましたが、
人が多かったせいもあり、なかなかうまく
撮れませんでした。
ドームの中央には棺が安置されています。
これは棺のみで遺体はこの真下の
地下に埋葬されています。
タージ・マハルも同じ方式です。

ところでインドの世界遺産を見るには
外国人はすべて250ルピー(約500円)掛ります。
インド人は5ルピーです。
コルカタからデリーまでの飛行機で
ヒマラヤ山脈を遠くに眺めることができました。
朝日に輝くヒマラヤ山脈を眺め続けていました。
デリーの有名なカレー店「モチ・マハール」で
昼食にカレーを食べました。

左の取り分けた状態でサフランライスに野菜、
ラム、豆のカレーです。
右の上は調味料と小さい玉ねぎのピクルス。
下はナンとシャシリック(羊肉)と
タンドリーチキンです。
美味でした。
左はお店の正面
中はラムと野菜のカレー
右は食後の口直しに
食べる「アニス」という
ハーブの種と氷砂糖です
デリーで見かけたインド女性です。

ポインターを画面に置くと頭に荷を載せた
別の女性もご覧頂けます。
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