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イストラ半島 ダルマチア海岸 ドブロヴニク プリトヴィッチェ国立公園
ダルマチア海岸
ダルマチア式海岸とはリアス式海岸と同様峻厳な谷が落ち込んで出来た海岸線ですが、
垂直に落ち込んだリアス式に対し、ダルマチア式は海岸線に平行に落ち込んだ物を言います。
左の航空写真で見ると非常によく分かります。
島が細長く伸びており、岬も細長い形状になります。
入り江が深く入り込んでいるのも特徴的です。
アドリア海に面したダルマチア地方の海岸線で
あることから、ダルマチア式と呼ばれています。
ここには1068の島があります。そのうち66の島に人が
住んでいるそうです。
リエカはダルマチア地方で最大の港です。川崎市と
姉妹都市になっているようです。
ラブ島はクロアチアで最初のヌーディストビーチが
出来たそうです。

今回はオパティアから出発し、海岸線沿いに走り、
ザダールからスクラディンまでは山を見ながら走りました。
シベニクからクルカ川に沿って内陸に入り、
クルカ国立公園を見たのち、スプリットへ入りました。
翌日はスプリットからプロチェ経由ストンを通り、
ドブロヴニクに入りました。

何時まで見ていても見飽きないアドリア海の深い紺色と
次々と現れる赤い屋根と白い壁の街並み、
島か岬か入り江か区別のつかない島々。
いずれもが素晴らしい眺めでした。
高速を降りて海岸沿いの道に
出たところにあった
多分ベーカー(Bakar)の
街並みです。
左手には大きな造船所も見えます。

対岸に見えるのは半島です。
その先に薄く見えるのはイストラ半島
です。
海面は朝日を受けてやや白っぽく
見えましたが、日の当たらない
手前側は紺碧の海でした。
海岸沿いの村です。
綺麗な街並みでした。
海の対岸に見えるのは
クルク島です。
この島は大きいのでいくら走っても
途切れません。
海岸線は複雑に入り組んでおり、
その分景観はよくなっています。
対岸にはまだクルク島が続きます。
この島では石灰岩が産出されます。
クルク島の採掘場が見えています。
センジの街で途中休憩しました。
ここの海もきれいな水で
岬の丘には古い城跡も見えました。

画面にポインターを置くと
お城の姿をご覧いただけます。
センジの海辺の様子です。


ダルメシアン犬はダルマチア地方の犬と
言う説もあるようですが、インド原産で
猟犬なので、どうもダルマチアは
関係なさそうです。
お城のそばを走りました。
要塞のようですが、詳細は不明です。
センジを過ぎると山の上を走りますが、
時々アドリア海が見えます。
この辺りの島の一つラブ島は
クロアチア最初のヌーディストクラブの
ビーチがあるそうです。
峠を越えると海岸沿いから内陸に入りました。
途中、ディナル・アルプスの連山を
眺めながら走ります。
このあたりはパクレニツァ国立公園に
なっているそうです。
春さきの山々はまだ雪が残っています。
それでも麓の野は緑がいっぱいで、
花も咲き始めていました。
峠を越えてダザールに近づくと
また、カルスト台地と深く入り込んだ
入り江が見え始めます。
ザダールに近いパーキングは休業中。
写真だけ撮って再出発しました。
妙義山のような山並みは
まさに石灰岩の浸食によるものと
見受けられます。
ザダールから再び海岸沿いを走り
シベニクの少し北にあるスクラディンに
向かいます。
スクラディンの街並みです。
スクラディンの港です。
ここからクルカ国立公園への
遊覧船も出ているそうです。
クルカ川とプロクリヤン湖の
つながる場所にもなっています。
ここはもう国立公園内です。
奥に見える橋は高速道路の橋梁です。
昼食はツナステーキで、おばさんが
一枚一枚焼いていました。

 スープです。              ツナステーキはまずまずのお味でした。   可愛いデザートが出ました。
レストランの前の通りは海岸?通で
八重桜?が満開でした。
スクラディンからクルカ川沿いに北上します。
正面に見えている街はスクラディンです。

画面にポインターを置くと
クルカ川の別の顔がご覧いただけます。
クルカ国立公園の中に入りました。
ここは徒歩で回ります。
流れは結構速いですが、
これが景観を作っている要因なのでしょう。
1875年オーストリア皇帝のために
作られた展望台からの眺めです。
クルカ公園の中で最も眺めの良い
場所のようです。
800mの間に17段の滝があります。
上の写真の下流域です。
浸蝕で出来た甌穴が色彩を
豊にしています。
滝の形は中国九寨溝や黄龍に似ている
気がしますが、水量は圧倒的にこちらの
方が多いと思います。
いずれも特徴的で比較は難しいですね。

クルカ国立公園を後にする人の心に
残される最後の景色です。

国立公園の詳細は下のボタンから
お入り頂けます。

クルカ国立公園
スプリット Split


スプリットの市旗
です。
スプリットの起源は295〜305年にディオクレティアヌス宮殿が作られたことによります。
ディオレクティアヌス帝はペルシャ戦争で284年皇帝の座を得ましたが、皇帝としては初めて
自ら退位を宣言し、ここスプリットに宮殿を造営し隠居しました。晩年の10年間をここで
過ごしています。7世紀には一時廃墟となっています。その後、この宮殿に人が住むようになり、
現在も宮殿には一般人の共同住宅や商店が入っています。
スプリットの街に入るところです。
なんとなく歴史を感じる街です。
街の中心地にディオグレティアヌス宮殿が
あります。海側(南面)の城壁です。
オレンジ色のところは南の門(銅門)です。
ローマ時代の宮殿として比較的整った状態で
残されていることから1979年に世界遺産に
登録されています。
宮殿内に展示されていた、昔の宮殿の
見取り図です。
昔は海岸線が宮殿の前まで来ていたことが
よく分かります。
東西北の面は砦で囲まれていますが、南面は
ごくシンプルな作りになっています。
海に面しているため防備の必要がなかったの
でしょう。
宮殿の南の入り口から入ったところは
本屋さんになっていました。
構造は殆ど昔の儘のようです。
この部分は現在半地下ですが、
もともとは1階部分で、宮殿は1年に1mm
沈下しているそうです。

左は聖ドミヌス大聖堂(元ディオクレティアヌス帝
聖廟)の鐘楼と柱列でコリント様式の柱が
12本並んでいます。柱列に囲まれた広場は
中庭になっています。

右は大聖堂の入り口です。他を回って来たら
時間切れで内部を参観できませんでした。
残念〜。

聖堂横にあるドームです。
音響効果が良いのか
この中で男性コーラス隊が
歌を歌ってCD販売していました。


ディオクレティアヌス宮殿の
詳細は下記のボタンから
お入りください。


宮殿前の港の景観です。
夕暮れのスプリットの港です。
ホテルの近くは社会主義国になった後の
住宅街のようです。
夕焼けが綺麗でした。
夕食はサラダ、スパゲッティ、肉ロールとデザートのパイでした。 地ビールもいけました。
スプリットの朝、少し歩いてみました。
マロニエの並木があり、花も咲いていました。

画面にポインターを置くと花をご覧いただけます。
住宅の庭にはこんな花木も植わっていました。
朝のスプリット郊外の眺めです。
海岸沿いを走ります。
向かいに見えるのはブラチ島です。
ブラチ島は大理石や石灰石が採取されています。
デェオクレティアヌス宮殿やアメリカのホワイト
ハウスなどもここの石を使っているそうです。
島の北側にある山は標高780mあり、アドリア海
では一番高い場所になっています。
島ではオリーブやブドウの栽培もされています。

ブラチ島のさらに向こうにビス島とビショア島が
有ります。小さい島ですが、青の洞窟などもあり
クロアチア人に人気の島だそうです。
元チトー大統領も潜伏していたこともあるそうです。
サティナ川の河口になります。
入り江ではありません。
オミッシュと言う町でリゾート地のようです。
ヨットハーバーも設備されています。
カルスト台地特有の山の形で
緑が全くありません。
手前には掘り出された石灰などが
山積みにされていました。
アドリア海に浮かぶブラチ島とその向こうに
フヴァル島がうっすらと見えています。
フヴァル島はヴェネチア時代には造船所も
有ったそうです。また、ナポレオンが滞在した
事もあるそうです。
ブレラ近くの村です。
赤い屋根と白い壁はダルマチア地方の
シンボルと言えるでしょう。
ブレラの街です。
ここで休憩を取りました。
海の向こうはブラチ島とその奥に
フヴァル島が見えています。
プロチェの近くの街です。
プロチェを過ぎると広い平野に出ます。
ネレトヴァ川の河口域で、川のおかげで
平坦な平野になっているようです。
手前はネレトヴァ川、奥の丘陵はペルシャス半島で
長い岬と言うか、深い入り江と言うか、
細長い半島になっています。
ネレトヴァ川の流れです。
奥に見えるのはペルシャス半島です。
クロアチアとボスニア・ヘルツゴビナの
国境手前で、海岸地域では唯一の
平野になっています。農業がおこなわれて
います。
ネレトヴァ川河口の肥沃な土地だそうです。
ストン Ston ストンはドブロヴニク郡に所属する村で、ローマ時代にはすでに居住地として確立しており、ローマ時代の砦が
今でも残っています。更に14世紀には砦を繋ぐ5kmの城壁が建設され1506年に完成、現在もその遺構が
残されています。
ストンでは塩の生産をしており、ローマ時代には塩田があったそうです。ドブロヴニク共和国の時代には
ストンの塩の収入が重要な財源になっていたとの事です。

ボスニア・ヘルツゴビナの国境を過ぎると
養殖用の浮きが沢山目につきます。
ペルシャス半島の内海はカキの養殖で
有名だそうです。
ペルシャス半島の付け根にあるストンと言う
街です。
14世紀に造られたという城壁が続いています。
長さは5kmあるそうです。
街中にストンの絵が描かれていました。
落書きにしてはよくできていて、
わざわざ書かれたもののようです。
立体感のある絵になっています。
絵柄は多分塩を運ぶトロッコの絵と、
手前にカキが描かれていました。
ストンの役場のようです。
表示板にトミスラフ(Tomislavu)
925−1925と書いてありましたが、
前後の意味が不明で何のことか
よく分かりません。
トミスラフとはクロアチアの初代の王の
名前のようです。
ローマ時代の要塞跡です。
教会の跡のようです。
改修中のようでした。

画面にポインターを置くと
別角度からご覧いただけます。
街のレストラン街です。
どの店もテラスを出しています。
欧米人は殆どが屋外のテラスで食事
しています。
日本人は総て屋内で食事します。
四季のハッキリしている日本に感謝です。
お昼のメニューは海鮮のスープ(美味しかった)、イカのグリル、梨のデザート。 別に個人的に生ガキを注文しました。日本のカキのような
形ではなく、平べったくて丸いカキでした。お値段(1個400円)の割にはチョットと言った感じでした。
砦に続く城壁はしっかり残っていました。
ストンからドブロヴニクに向かう
海岸線の景観です。
右手奥はボスニア・ヘルツゴビナになります。
コトルへ向かう道路からの
ドブロヴニク旧市街の眺めです。
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