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鴨川市は町を流れる川が京都の加茂川に似ていたことから加茂川と称し、その後
鴨川に改名、05年には天津小湊を合併し、鴨川市となっています。人口37,000人。
鴨川には個人病院では日本有数の「亀田病院」があります。2008年夏にひょんなことから
この病院のお世話になることがあり、以来、年に何回かは鴨川を訪れることになりました。
環境が良いことから、退職後この地に移り、釣りやゴルフ三昧の方もおられるとのことです。
都内からは電車で来るのはちょっと不便ですが、浜松町から病院へ直通のバスが何本か
あり、千葉駅からも鴨川駅経由のバスが一日5本(鴨川駅止まりが別に5本)あります。
観光地としても有名で、温泉と新鮮な魚介類は魅力的です.
2012年の6月には佐倉市民カレッジの仲間と鴨川市内をガイドさんに案内してもらいました。
それぞれの場所は今までにも行ってましたが、ガイドさんの説明で改めて理解することも多かったです。
先達はあらま欲しきものなり、です。
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安房鴨川駅から少し南の太海(ふとみ)に 平野仁右衛門さん個人所有の島があります。 約3万uあり、現在39代目の方が宝永元年に 建てられた住まいに住んでおられます。 島内には幾つもの句碑が立っています。 現天皇が皇太子の時、また常陸宮、三笠宮 などもここを訪れています。 |
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島へは手漕ぎの渡し船で渡ります。 入場料が1,350円と結構高いです。 |
島の案内板は順路が示され、ざっと見るなら、 40分程度で回れます。 |
石垣に囲まれた表門には 「平野仁右衛門」 と書かれた表札が掛かっています。 |
宝永年間に建てられたと言う住宅と庭園 樹齢600年の蘇鉄が左側にあります。 |
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カンナ越しに見える外房の海は きれいです。 |
日蓮が旭を拝したと言われる神楽岩です。 | |
正一位稲荷大明神が祭られている 洞穴は1180年源頼朝が石橋山の 戦に敗れ、安房へ逃れてきた際に 身を隠したと言われています。 |
洞穴の内部は結構広くなっています。 奥にはお稲荷さんが祭られています。 |
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幾つかの句碑の内、これは芭蕉塚で 「海暮れて 鴨の声ほの可尓(かに) 白し」 と刻まれています。 |
これは秋桜子の句碑で、「巌毎に 怒涛を あけぬ 春の海」他4句が刻まれています。 |
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国道128に沿ったところに標識が 立っています |
鴨川漁港の傍に松の茂った小島が幾つか浮か んでいます。松島に似て鴨川松島と言います |
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水田家は水田三喜男元大蔵大臣の生家で、長屋門と茅葺の母屋を今に残す房総民家の典型で 江戸後期の建築と推測されています。おでこにコブ様の突起があった大臣が思い出されます。 この水田家のある地域は酪農の発祥地でもあります。 |
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村の指導的立場にあった水田家の 入口石段と長屋門です。 |
母屋は茅葺で有形文化財になっています。 | |
邸内には美しい庭も残されてます。 | 芭蕉の句碑が邸内にあります | |
魚見塚展望台はかっては漁師が沖合に来る魚の見張りをした場所です。千葉の彫刻家長谷川ミが 作った「仏の化身(乙女)」が立っています。仏への誓いをたてることから「誓いの丘」とも言われて います。誓いを立てると鍵を掛けて残していくようです。 |
乙女の像の下部にカギ用の金網が張ってあります。 塔からの眺めです。 |
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