成田市
BACK 宗吾霊堂  三里塚記念公園 千葉トップへ
 
香取郡へ  八街市へ

成田市は千葉県の北東部、北総台地にあります。成田と言えば、新勝寺と成田国際空港になるでしょう。
人口は12.7万人で佐倉市よりは少ないですが、空港があるだけに面積では佐倉の2倍(213㎢)あります。
もともとは新勝寺と宗吾霊堂の門前町として栄えていました。現在も新勝寺の門前には宿屋や商店が軒を並べています。

成田山新勝寺

成田山新勝寺は真言宗智山派の大本山です。元京都神護寺に奉安されていた
空海の手になる不動明王像を939年平将門の反乱の際、寛朝大僧正がこれを
携え関東に下り、940年成田の地に成田山新勝寺を開基しました。
新勝寺への参道です。
旧い商店がならんでいます。
新勝寺への参拝客を泊めていた
宿「大野屋旅館」です。
木造三階で屋上に見晴らし塔が
あります。
創業300年建物は成田市の文化財に
登録されています。
現在も営業しています。
新勝寺総門です。
開基1070年記念(2007年)に
建て直されました。
総欅造りで高さは15mあります。
仁王門です。
1830年の建造で重文に指定
されています。
仁王門の左手に密迹金剛、
右手に那羅延金剛の像が立って
います。
朱振の仁王尊として信仰を
集めています。
仁王門を抜けると左手に
こわれ不動堂があります。
幾ら修理してもすぐに壊れるので
こわれ不動と言われている
そうです。
社の周囲は彫り物で囲まれています。

(*)
彫り物です。
大本堂です。
1968年の建造です。
コンクリート造りです。
本堂右手に三重塔、鐘楼が並んでいます。
三重塔は1712年の建立で重文、
鐘楼(右)は1710年の建立です。
大本堂の左手には釈迦堂があります。
1858年の建立で重文です。
元の本堂です。

(*)
釈迦像です。
大本堂の奥にある光明堂です。
1701年の建立で重文です。
もともとの本堂でのち釈迦堂が本堂となり、
更に現在の大本堂に移りました。
光明堂の手前にある額堂です。
1861年の建立で重文です。
奉納された額や絵馬が掲げられています。


(*)
奉納額の一部です。
額堂の後ろにある天満宮(1887年再建)と

(*)
朝日観音堂(1867年建立)です。
額堂の向かいにある開山堂です。
成田山の開祖寛朝大僧正の像を
安置してあります。
開基千年祭に際し昭和3年に建てられたものです。
境内の一番奥、成田山公園の傍にある
平和の大塔です。
1984年の建立です。


 成田山公園
成田山公園は新勝寺の境内にあります。春の桜、秋の紅葉がいいです。
境内を抜けると公園の入り口にでます。
公園は昭和3年に完成しています。
平成10年に大改修されています。

公園内の紅葉です。
園内には龍智の池、龍樹の池、文殊の池の
三つの池が連なっています。

龍智の池の眺めです。
池には浮御堂が作られています。

(*)
浮御堂からの龍智の池の眺めです。
奥の龍樹の池から手前龍智の池に
流れ込む水が小さな滝になっています。
龍樹の池に被さる様に伸びた
苔むした桜と色付いた楓です。
文殊の池を彩る楓などの紅葉した灌木類です。

(*)
文殊池に架かる橋からの眺めです。
園内にある大滝雄飛滝です。

左に雌滝もありますがこの日は
水が止まっていて滝が見えませんでした。
滝の傍にある洗心堂です。
今は使われていないようです。
多分、滝に打たれそのあとにここで
修行に入ったのだろうと思います。
確かではないけど・・・・
公園内には幾つかの句碑がありますが、
そのひとつ芭蕉の句碑です。
「丈六に
   陽炎高し
      石の上」
芭蕉1688年の句です。
句碑は芭蕉追悼のため1788年に建てられています。
もう一つの句碑は高浜虚子の句碑です。
左の写真の台座はもともと七代目団十郎と
六世団蔵の銅像が建っていたそうですが、
戦時中に供出され昭和18年に八代目団蔵が
七代目団蔵の追善供養のためこの句碑を
建てたそうです。
門前街にはうなぎ屋が多く、店の前で
捌いているところもあります。
この店は「川豊」と言う店ですが、
我々はその隣「菊屋」で限定特上(2500円)の
うな重を食べました。
確かに美味しかったです。
手前の店が「川豊」その向こう赤い提灯の
あるのが「菊屋」です。
川豊は明治の創業。
菊屋は天保年間に新勝寺より菊の紋を拝領し、
屋号を「菊屋」にしたとのことです。

                           下総トップへ  トップへ  千葉トップへ