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ここでの南部フランスはリヨンより南の地方としています。また、モナコ公国を含んでいます。
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2012年5月に成田発のエアフランスでパリへ直行、そのまま乗継便で ニースに入りました。 ニースからはモナコへ立ち寄った後、バスで北上し、パリまで約2千キロの 道のりを移動しました。 気候的には思ったより気温も低く、快適な旅となりました。 価格が安く、観光先が盛り沢山のツアーコースを選んだので、毎日が忙しく、 それぞれの場所の滞在時間も短く、じっくり楽しむことは無理でした。 でもまあ、2度3度とこれる余裕もないので、ともかく、フランスのより多くを 見られたのはよかったのでしょう。 南は左の地図のようにリヨンまで三日がかりで移動しました。 南仏の太陽と景観はそれなりに享受出来ました。 南部フランスは訪問地点も多いので、それぞれの場所に分けて ページを作成しました。 |
ニース | エクス・アン・プロバンス | マルセイユ | アルル | アヴィニヨン | ポン・デュ・ガール | モナコ |
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プロバンス伯爵領として古くから栄えた街です。 街中に噴水が沢山あって「千の噴水の街」とも称され ています。 セザンヌはこの地で生まれパリから戻ると晩年を この地で過ごしています。 |
セザンヌが好んで画材とした サント・ヴィクトワ―ル山です。 標高1,011m、石灰岩質で 山が白っぽいため、色が 変化するのでセザンヌは この山を描き続けたそうです。 セザンヌのアトリエ跡から 徒歩10分位の所で 望むことが出来ました。 セザンヌの描くこの山は 殆どが三角山です。 バスの車窓からでは 三角形には見えません。 |
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セザンヌのアトリエ跡の入口 です。ここでは晩年の5年間 過ごしています。 当時のままに調度品や絵の 材料が残されていました。 但し、ここにはセザンヌの絵は 1枚も残っていません。 |
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セザンヌの住んでいた家です。 | ||
道路側からアトリエの窓が 見えます。 ここからヴィクトワ―ル山が 見えたそうですが、現在は 全く見えません。 |
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エクス・アン・プロバンスの 旧市街です。 鈴懸の並木が立派でした。 |
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セザンヌのアトリエより南寄りに サン・ソブール大聖堂があります。 5〜17世紀の間の建築様式が 複合的に使われています。 サファードは外からの貼り付けに なっています。 塔はゴシックですが、聖堂は ロマネスク様式が使われています。 |
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聖堂には入りましたが、 ここでの有名な回廊は 見学時間が時間制で、 余裕のない我々は 回廊を見ることが出来ません でした。 プロバンス風の聖堂(右)は それなりに立派です。 左の画面の上にポインターを 置くと正面の拡大写真が ご覧頂けます。 彫刻や木彫りの扉(左側のみ) が素晴らしいです。 |
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礼拝堂とパイプオルガンです。 パイプオルガンは結構凝った 飾りがなされていて 今までに見たことのない 物でした。 |
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大聖堂から更に南寄りに 市庁舎が有ります。 16〜17世紀に建てられています。 |
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市庁舎前の広場です。 庁舎の横にゴシックスタイルの 時計塔が有ります。 1510年に鐘楼として建設されて います。1661年上部に天文時計 が設置されています。 中央に泉があります。18世紀の ものです。 ポインターを画面に置くと 噴水部分が拡大出来ます。 |
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広場を抜けると 別の広場へ出ます。 |
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そこでは朝市が開かれて いました。 結構いろんなものが売られて いました。 |
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朝市の前の通りは 古い建物が並んでいます。 入口に大きな彫像のある 家が有りました。 |
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この街のメインストリートの ミラボー大通りには こんな噴水もありました。 苔むした古色蒼然たる 噴水です。 エクス・アン・プロバンスは 噴水の多い街で100以上は あるそうです。 |
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ミラボー大通りの ド・ゴール広場にある ロトンドです。 1860年に作られています。 噴水の上の女神は 法律、農業、芸術をつかさどる 女神だそうです。 |
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ミラボー大通りは歩道が広く、 鈴懸(プラタナス)の並木が 続いています。 一番奥に見えるのが噴水です。 |
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