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サンクトペテルブルグ(旧レニングラード;サンクトペテルスバーグとも)
へは北欧から入ったためにロシアの首都モスクワには寄れませんでした。
いずれは赤の広場を歩いてみたいと思っています。
写真は出来るだけ撮らないようにしていた頃の旅のため、記録的にはやや不満な状態です。 
素晴らしい建物群の記録が残っていないのが残念です。

イヴァンゴロド
イヴァンゴロドはエストニアとの国境にある街です。
此処にはイヴァンゴロド城が有ります。
エストニア側からみたイヴァンゴロド城です。
城の外側にはナルヴァ川が流れています。
この川が国境になっています。

イヴァンゴロドからバスでサンクトぺテルスブルグへ
移動します。
サンクトぺテルブルグ フィンランド湾に面したロシアの都市です。1914年まではロシア帝国の
首都となっていました。首都がモスクワに移ったソ連時代はレニングラード
と呼ばれていましたが、1991年に再び現在の名称に戻りました。
街の殆どは歴史地区として世界遺産に登録されています。

フラゴヴェシェンスキー橋から眺めるネヴァ川です。
右の岸に見えるのはエルミタージュ美術館です。

左の建物はサンクトペテルブルク美術大学です。
エルミタージュ美術館です。

10月と言う事で殆ど行列はありません。
トップシーズンでは入場に数時間待ちと言う事も
あるそうです。

我々はゆっくりと時間一杯見ることが出来ました。
内部の写真記録が有りません。

聖イサク大聖堂です。
アレクサンドル1世の時代である1818〜1858年に
建てられています。完成まで50年かかっています。

塔の高さは101mあり、その大きさでは世界トップ4に
数えられています。

右手に鉄柵が見えますが、ここにはピヨトール大帝の
騎馬像が有ります。

デカプリスト広場(元老院広場)と
青銅の騎士像です。
この広場では1825年12月、ロマノフ王朝の圧政に
反対した青年貴族がここで蜂起しました。
デカーブリは12月という意味です。

ピョートル大帝の騎士像は、エカテリーナ2世の命で
作られ1782年に完成。
プーシキンはそれを題材にした叙事詩で、
厳しくも美しいロシアの自然、それを克服しようとする
英雄、そこで暮らす人たちの愛を描いており、多くの
人たちから愛されています。
この詩が有名になったため、騎馬像も「青銅の騎士」と
呼ばれているそうです。

後ろには聖イサク大聖堂が見えます。
カザン寺院です。
サンクトペテルブルクの中心街
ネフスキー大通りに面して建っています。

カザン寺院の前にある公園です。
ネフスキー大通りに面しています。
ネフスキー大通りの景観です。
路面電車ではなく、トロリーバスが走っています。
同じくネフスキー大通りの眺めです。
バスストップに並ぶ人たちです。
大通りから横に入った道路です。
車道なのか、歩道なのか、分離帯なのか
よく判りません。
車が適当に駐車しています。
サンクトペテルブルクには多くの運河が有ります。
これはその一つですが、名前は失念しました。
運河を巡る観光船もあるようです。

18世紀以来の建物群が並んでいます。
ビルジェヴァヤ広場です。
エルミタージュ美術館とネヴァ川を挟んだ
向い側に有ります。
港の象徴として錨が置かれていました。
正面はネヴァ川になります。
ビルジェヴァヤ広場から眺める
ネヴァ川の川沿いのビル群です。
帆船が停泊しています。

「血の上の教会」です。

農奴解放令(1861年)を出したアレクサンドル2世は、
1881年3月1日、この地で革命家によって爆弾を
投げつけられ、暗殺されました。
そして、この教会はアレクサンドル2世を弔うために、
その暗殺地点に建てられた教会です。
1883年から建設が始まり、1907年に完成しました。
ソ連時代には教会としては使用されず、ジャガイモの
倉庫として利用されたとのことです。
だから、「ポテトの上の教会」と呼ばれていたそうです。
エカテリーナ宮殿です。エルミタージュの冬宮に対し、
夏宮と呼ばれています。
サンクトペテルブルクの市街地から25kmほど
南に行ったプーシキン市に有ります。

18世紀半ばのロココ様式の建物は、
端から端まで325メートルあります。
その外観のみならず内装も見事です。
贅を尽くした55の部屋から成り、
内外装には、純度の高い金が多く使われたと言われます。

元はピヨトール大帝の妃で第2代ロシア皇帝の
エカテリーナ1世が夏の避暑用宮殿として1717年に
作らせたもので、第6代ロシア皇帝エリザヴェータが
これをロココ様式に全面改造させています。
現在の宮殿は1756年に4年がかりで作られたものです。

「琥珀の間」が有名ですが、この部屋のみ撮影が
禁止されています。
庭のある側から眺める宮殿です。
宮殿のコーナーには教会が有ります。
宮殿内部の部屋の様子です。
金ぴかの大広間が有ります。
青い色の石造りの彫刻は暖炉です。
大広間の一角です。
左は暖炉です。
右は部屋をつなぐ廊下です。
緑のダイニングです。
郊外にあるチェスマ教会です。

この教会は、ロシア・トルコ戦争(1768〜1774)において、
エカテリーナ2世の命令により回航されたスピリドフ率いる
ロシア地中海艦隊が、小アジアのチェスマ沖でトルコ艦隊を
全滅させたチェスマ海戦(1770)の勝利を記念して
建てられた教会だそうです。
サンクトペテルブルクの駅です。
停車しているのは国際列車「レービン号」で、
サンクトペテルブルクからフィンランド・ヘルシンキまで
走っています。

出発前に乗務員さんたちとの記念撮影です。
ロシア人そのものの車掌さんでした。
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