鹿児島県
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鹿児島県の南側には離島(薩南諸島)が点在しています。九州島の部分は
県本土と表現され、2つの半島(薩摩半島・大隅半島)から成り立っています。
南北の距離は600km、海岸線は2,722kmに及んでいます。
世界遺産の屋久島や、種子島、霧島山などが有り、自然・文化・観光・産業
などの面において、豊富な資源を有しています。島数は605個あり、大隅諸島、
トカラ列島、奄美群島に分かれます。最南端は与論島です。

鹿児島県は薩摩藩管轄地域(薩摩国、大隅国、日向国)が廃藩置県の際に
鹿児島県として成立し、明治維新に際して多くの元勲を輩出し、維新成功の力と
なっています。

県の人口は約166万人。面積は約9200㎢あります。

鹿児島県は何度か訪問していますが、2015年6月に訪れた時の写真を主体に
掲載しています。
今回薩摩川内市甑島は2017年6月に訪れました。

鹿児島空港近辺の霧島市日当温泉と
山の向こうは新国分温泉です。

真下に見えるのは日当温泉公園です。

左方向に鹿児島空港が有ります。

機内からの撮影です。
鹿児島空港です。
1972年の開業です。
霧島市溝辺町に位置します。

国内、国際両用されています。

旧空港は鹿児島市内にありましたが、
現在の空港は市内より離れています。
今回のレンタカーはスズキのスィフトで
1Lカー、初めて乗車しましたが、
5日間良く走ってくれました。

九州地区ではスズキのレンタカーを
良く見かけました。地域的にスズキの
販売力が強いのでしょうか。
空港到着時には昔の上司が出迎えて
下さり、そのまま昼食へ行きました。
黒豚のしゃぶしゃぶをご馳走になりました。
まこと美味でした。
お蕎麦は生そば(湯通しせず)そのまま
鍋に入れて食べますが、これがまた
美味しいそばでした。

着いて直ぐからこのお昼だと、今後の
食事がどうなるか楽しみです。
空港から指宿へ直行しました。
途中にある喜入道の駅から眺める
鹿児島市喜入の様子です。
流れているのは八幡川です。

街路樹のヤシの木が南国を思わせます。
指宿市に入ってすぐにある
道の駅いぶすきからの眺めです。
左に見えるのは魚見港です。
同じく、道の駅いぶすきからの
眺めです。
晴れていれば桜島も見られるようです。
この辺りは篤姫ゆかりの
場所が多く、テレビドラマの舞台にも
なったようです。

篤姫の幼少の頃の「於一像」や若くして
琉球に渡った島津藩「浜崎太平次」の
像がこの近くにあったようですが、
場所が判らず見ずじまいでした。
指宿市
薩摩半島の南東端に位置し、市の北東部から東部~南部~南西部にかけて東シナ海と鹿児島湾に面しています。
毎年4月下旬に行われる市長の「アロハ宣言」から10月末まで市職員・銀行職員などがアロハシャツを公用服として
着用する事や、指宿温泉の砂むしは有名です。
薩摩半島の南端に位置する指宿市は九州最大のカルデラ湖である
池田湖を市の中心にもち、市内どこでも1m掘ればお湯が湧き出る、と
言われるほど湯量は豊富です。海岸には温泉が流れ出るところがあり、
これを利用したのが砂むし温泉です。海岸に寝そべって上から砂をかけて
もらうと熱気で徐々に体が温まり、その効果はサウナに似て非なるもの
だそうです。10分もすると汗がたっぷりと出ます。

ホテルによっては自前の砂むしを持っているところもあるそうですが、
一般には指宿温泉街と山川温泉街に大規模な砂むし温泉があり、
何時でも入れるようになっています(有料)。

JR指宿枕崎線は一日6本しか走らない路線ですが、その途中駅の
西大山駅は日本最南端のJR駅です。無人駅です。

市の南西部に聳える開聞岳(924m)は活火山でその容姿から「薩摩富士」と
呼ばれており、日本百名山の一つです。

浦島太郎が竜宮城へ旅立った岬と伝えられている長崎鼻はウミガメの
産卵地でもあります。


東にある知林ヶ島は干潮時には歩いて島に渡れるように砂州が続いています。
長崎鼻から見る開聞岳です。
少しガスっているので、ぼんやりした
眺めが心を和らげてくれます。

長崎鼻灯台です。
点灯は1897年(明治30)です。
高さは地上から11m、水面から21m
あります。
灯台の周辺は公園になっています。

画面にポインターを置くと海側から見た
灯台がご覧いただけます。

下は灯台の位地と主な場所までの距離が
標示されています。因みに、屋久島まで
77kmです。

長崎鼻から山川方向を眺めた
風景です。
長崎鼻は薩摩半島最南端になります。
左に見える岬は赤水鼻です。
海岸は火山岩で形成されています。

画面にポインターを置くと
長崎鼻の突端をご覧いただけます。
長崎鼻には国の特別天然記念物である、
蘇鉄の自生地が有ります。
この辺りは蘇鉄が密集しています。
浦島伝説のある長崎鼻には
竜宮神社が有ります。
神社の入り口から眺める長崎鼻の
全景です。
浦島伝説により建てられた
竜宮神社です。
御祭神は豊玉姫命(乙姫様)です。
長崎鼻には浦島伝説が古くから
あるそうで、浦島太郎はここから
竜宮城へ向かったそうです。
古書によれば竜宮城は琉球に
有ったとの事です。
長崎鼻から少し西寄りに向かうと
JR西大山駅に出ます。

この駅はJRの最南端の駅になります。
無人駅です。
最南端の発着駅は枕崎駅ですが、
緯度的に最も南にある駅が
この「西大山駅」になります。
北緯31度11分の表示が有ります。

ホームから開聞岳が綺麗に見えます。

画面にポインターを置くと
紫陽花の中に聳える開聞岳も
ご覧いただけます。
ホームにある駅の標示板です。

なぜか、鐘が設けられています。
こちらは黄色いポストです。
「幸せを届ける黄色いポスト」です。

今回の旅では他でも黄色いポストが
見られました。郵政民間化の所為で
しょうか。
指宿市の東海岸にある
「知林ヶ島」です。
干潮時には砂道が干上がり
歩いて島に渡れることで
有名なようです。

この日の干潮は夕方で、朝に行ったので
ご覧の程度の状態でした。
これでも渡れそうですが、潮流が速く、
完全に干上がらないと通行できない
ようです。

画面にポインターを置くと
道の様子がご覧いただけます。
島の方向へ歩いていく途中に
こんなポールが立っています。
形から大体の想像がつきますが、
近くへ行って、二つのポールを
合せるとこんな形になります。

画面にポインターを置くと
出来上がりの形をご覧いただけます。
砂の道はこんな感じです。

指宿市観光協会がこの道の
愛称を募集し、「いぶすき 砂の道 
ちりりんろーど」と名付けられました。

島にはならせる鐘があるようです。
その鐘の音と知林ヶ島の「ちりん」を
掛けたようです。

画面にポインターを置くと
干潮時の注意書きがご覧いただけます。
指宿砂むしの「砂楽」と言う店から
眺める知林ヶ島(中央奥)と
砂浜です。
この砂の下を温泉が流れています。
「砂むし」場です。
係りの人が穴を掘って、横になった客に
砂をかけてくれます。

概ね、10分程度を勧められます。
余り長くいると低温やけどの可能性も
あるようです。

我々は15分ほど入っていました。
係りの人が写真を撮ってくれましたが、
残念ながら写っていませんでした。

画面にポインターを置くと
別の角度からの砂むし状態を
ご覧いただけます。

指宿温泉で宿泊した「吟松」です。
個室での食事となりました。

食事の場所や料理の内容、
風呂の状況などは下記のボタンから
お入り頂けます。

吟松の料理と風呂
枕崎市
鹿児島県の南端に位置する市で、東シナ海に面しています。昔は台風銀座と呼ばれるほど、台風通過が
多い場所でしたが、最近は台風の数は減っているそうです。
1949年に市制が施行され、枕崎市となりました。枕崎港は日本有数のカツオの水揚げが有ります。
指宿市から枕崎市へ向かう途中に
南九州市の海岸線を通ります。

南九州市頴娃(えい)町から見る
開聞岳です。
頴娃(えい)町の海岸線が綺麗に
見えています。
開聞岳の稜線は海の方へ流れています。

この辺りから見る開聞岳が最も美しい
のではないかと思われます。
枕崎市にある枕崎駅の周辺です。
駅前は綺麗に整備されてあたかも
公園のようになっています。
枕崎駅です。
一日6本の列車の為の駅です。
勿論無人駅です。
元々の枕崎駅はここより更に左手に
行った場所でしたが、旧駅は解体され、
跡地は商業施設に売却されました。

2013年に市民の寄付により
元の駅の少し手前に新しく駅舎が
建てられています。
この駅舎は2013年にグッドデザイン賞を
受賞しています。
本土最南端の始発・終着駅の
標識が立てられています。

その向こうに見える像は
「鰹節行商」の像です。

枕崎駅のホームです。

駅の詳細は下記ボタンから
お入り頂けます。

枕崎駅
手前の茶色っぽい建物は
駅の前にある公衆便所です。

建物は船の形をしており、上には
カツオのモニュメントが有ります。
カツオを追いかける鰹船を
表わしているようです。

この右手奥にスーパーマーケット
タイヨーがあり、そこが元の駅跡です。
枕崎港です。
カツオの水揚げは日本有数で、
枕崎市の鰹節生産量は日本一です。
南九州市知覧町
南九州市は鹿児島市、指宿市、枕崎市、南さつま市に接する、薩摩半島の
中心を占める市です。2007年に知覧町、川辺町、頴娃町が合併して出来た
市です。人口は約4万弱ですが、毎年減少しています
南九州市の中央部に知覧町が有ります。ここは戦時に特攻隊が発進した基地が
有ったことで有名です。
その歴史遺品を展示した「知覧特攻平和会館」は年間60万人以上の参観者が訪れる
そうです。多くの修学旅行生の感想文なども書物になっています。

薩摩藩は領地を外城と呼ばれる113の地区に分けて、御仮屋(領主や地主の居館)を
中心に武家集落を作りました。知覧もその一つです。
知覧では佐多氏の御仮屋を中心に武士団が集落を形成しています。
現在でもそれぞれの住居には人が住んでおり、屋敷の庭園は見ることが出来ますが、
屋敷内部は参観できません。

また、知覧は火事の多かった場所で、殆どの屋敷は再建されたものだそうです。
ただ、建築には色々と制限が有るそうで、空き地になっている屋敷跡もありますが、
なかなか買い手が付かないのだそうです。

知覧の武家屋敷群は1981年(昭和56)に国の重要伝統的建造物群保存地区に
選定されています。

また、武家屋敷の7つの庭園は国の名勝に指定されています。


枕崎市から知覧へ向かう道路には
燈籠がずらりと並んでいます。

行けども行けども燈籠が続きます。

後で説明を受けましたが、これは
特攻隊員1036名の慰霊のため
浄財により建てられているそうです。

知覧の武家屋敷群は左図のように
県道谷山知覧線に沿って並んでいます。

7軒の武家屋敷の庭園は国の名勝に
選定されています。

森氏庭園が池泉式庭園であるほかは、
すべて枯山水となっています。

夫々の庭園の様子は下記ボタンから
お入り頂けます。

武家屋敷庭園
武家屋敷群の最も東寄りにある
森重堅氏の住宅です。
1741年(寛保元)に建てられた
住宅です。
元は茅葺屋根だったそうですが、
現在はどの住宅も瓦に替っています。

こちらの庭園は7つの庭園の内では
唯一の池泉式庭園です。

亀甲城跡の西麓になります。

庭園の様子は上記「武家屋敷庭園」
のボタンからお入りください。
知覧の生垣と石垣で囲まれた
街並みです。
「薩摩の小京都」とも称されて
います。

石垣はこのような自然石を
積み上げたものや、切り出された
大きめの岩を積み上げたものが
あります。

生垣は外から見れば高さが不均一で
凸凹した感じが有りますが、
庭に回ると、これらが背景となり、
庭の風景が大きくなっています。
住宅の門にも各種あって、
夫々格式で変わるようです。

左の門は側板が3枚、袖にも屋根が
あります。

右は簡素な作りになっています。
石垣も左のように切り出した石を
積み上げたものと、右側のように
自然石を積み上げたものが有ります。

左の方が格が上になります。本家と
分家では造りが変わってきます。

庭の造りは自由なので、分家は
頑張って大きな岩を持ち込んだ庭を
作る傾向があるようです。
知覧型二ツ家です。

知覧独特の造りで、主屋と付属室
(「おもて」と「なかえ」)をつなげて、
そこに小さな棟を付けています。

現在知覧では3か所に残されています。
これはそのうちの一つで観光客の
休憩所になっています。
知覧の街並みは防備のために
入組んだ通りが多いのですが、
ここは比較的長い直線と更に
手前の通りは左右通り抜けの
状態で交差しています。
珍しい場所だそうです。
武家屋敷群の西端にある
大銀杏です。

藩政時代参勤交代の帰途、京都に
立ちよった知覧領主の家臣らは、
柳やかえでを郷里に移し植え、ふもとに
京の香りをただよわせたのだそうです。
このいちょうも京からのもので、はじめは
夫婦木でしたが、溝を挟んでそびえて
いた雄木は、1914年(大正3)9月に
大火で枯れ、この雌木だけとなったのだ
そうです。この雌木も幹はがらんどうに
なっています。現在も他からの受粉で
ぎんなんが出来るそうです。
武家屋敷群から県道を南西に行った
所に、「知覧特攻平和館」が有ります。
知覧町が1985年(昭和60)に建設
した会館です。

太平洋戦争の折に沖縄戦の特攻隊と
して、知覧など各地から飛び立って
亡くなられた1036名の若い少年兵の
慰霊のために作られた施設です。

館内には往時の航空機、備品、銃弾
などとあわせ、特攻隊員の遺品、遺書
なども展示されています。

館内は撮影禁止となっています。

館内では6名の語り部による輪番での
解説も行われています。
自衛隊の若い兵士たちも参観に
来ていました。
知覧特攻平和館や観音堂への入口に
なる桜並木です。
両側には燈籠が並んでいますが、
これは、特攻で散った1036名の英霊を
慰霊するために建てられています。

全部で1036基を目標に浄財を集めて
来たそうですが、既に数字的には
1200基以上の燈籠が立っている
そうです。
現在もまだ寄付が続き、燈籠を立てる
場所探しが大変だそうです。

燈籠には特攻隊兵士の像が
刻まれています。
平和祈念館の外側には
平和の像が立っています。

奥の建物の内部には
零式戦闘機の残骸が展示されて
います。
これは、特攻隊員たちが出撃するまで
の起居していた半地下式の三角兵舎を
会館横の杉林に復元したものです。
三角兵舎の中で隊員たちは、日の丸に
寄せ書きを書いたり、故郷へ送る遺書や
手紙を書いたりしていたとの事です。

画面にポインターを置くと三角兵舎の
内部をご覧いただけます。
敷地内にある特攻隊員の精神の顕彰と
世界平和の祈念を目的に、
1995年(昭和30年)に建立された
観音堂です。
現在のお堂は2005年(平成17)に
改築されています。

画面にポインターを置くと
祭壇の観音像をご覧いただけます。
敷地内にある「とこしえに」と
記載された特攻隊員銅像と
T-6G練習機です。
練習機は航空自衛隊で使用
されていたものだそうです。

銅像は1974年(昭和49)に
立てられました。
特攻平和館に隣接する
知覧文化会館です。
各種イベントが行われるそうです。
鹿児島市
鹿児島市は鹿児島県の県庁所在地で、古くから薩摩藩90万石(籾米)の城下町として栄え、
1889年に日本で最初に市制を施行した31市の一つです。現在は福岡市、北九州市、熊本市に次ぐ
九州第4位の人口をを擁する中核都市です。
今回は最初に空港から鹿児島市内を通り抜け、海岸沿いを走って指宿に
向いました。その後は上記のとおり、枕崎、知覧経由城山へ入り、仙巌園から
霧島に向かい、その後、宮崎県を通って、垂水市より桜島へ入りました。
経路的にはバラバラですが、鹿児島市としてまとめてページにしています。

桜島からは垂水市経由、霧島市の壺畑や上野原縄文の森を見てから空港へ行く
予定でしたが、大雨で垂水の国道で土砂崩れが有り、通行不能となったため、
桜島からフェリーで鹿児島市内に出て空港へ向かいました。

予定では薩摩半島と大隅半島の大部分を通り抜ける予定でしたが、結局は
広すぎて、短期間では無理でした。

鹿児島市の写真は殆どがリンク先のページとなります。

今回は梅雨時期で、雨天が多く、晴れ間は全くなかったので、どの写真も
少しぼやけたものになっています。
 城山展望台から見た鹿児島市内の眺望です。霞んでいますが、下の鳥居は照国神社です。左手の茂みは中央公園になります。
 左手奥の方が鹿児島港になります。フェリーなどの乗り場もこの辺りです。 城山近辺の様子は右のボタンからお入りください。    城山周辺

仙巌園は1658年(万治1)に島津家
19代光久がこの地に別邸を築造
しました。
桜島を築山にし、錦江湾を池に見立てる
雄大な庭園になっています。

島津家28代の斉彬はこよなくこの地を
愛し、篤姫、勝海舟、グラバー、ロシア
皇帝ニコライ2世などもここを訪れて
います。

園庭の詳細は下記ボタンからお入り
頂けます。


仙巌園

旧鹿児島紡績所技師館は
「異人館」とよばれ、我が国の初期洋風
建築の代表的建築となっています。
1867年(慶応3)に英国から招かれた
6名の技師たちの宿舎として建てられ
ました。

国指定の史跡、重要文化財に指定
されています。

異人館の詳細は下記のボタンから
お入り頂けます。

異人館

鶴丸城の大手門跡です。
立っている石の柱は旧第七高等学校
時代の門です。

鹿児島城(鶴丸城)は江戸時代初期に
島津氏によって築かれた、上山城跡
である城山とその麓に築かれた
鶴丸城で構成されていました。

公称「77万石」の大名の城としては
天守など高層建築や高石垣などは
築かれず、江戸幕府への恭順を
示したとも言われています。

城址には現在「黎明館」という
歴史資料センターや図書館、美術館、
博物館などが建てられています。

詳細は下記ボタンからお入り頂けます。

鶴丸城跡

錦江湾に浮かぶ桜島です。

高さ1,117ⅿ(北岳・御岳)あります。
北岳・南岳の2つの主峰から成る
複合火山です。

元は島でしたが、大正噴火で流れた
溶岩によって陸続きとなりました。

垂水市から眺める桜島のたった今
噴き出した噴煙です。
昭和火口からの噴煙で、上の方に
黒っぽい雲のようなのも数分前に
噴き出した噴煙です。

同じ場所から2回の噴煙を見ることが
出来ました。

桜島の詳細は下記からお入り頂けます。

桜島
霧島市
霧島市は鹿児島県本土の中央部に位置する市です。2005年11月に国分市と姶良郡溝辺町、横川町、
牧園町、霧島町、隼人町、福山町のの1市6町が合併し誕生した、鹿児島県で2番目の人口規模を有する市です。
霧島つつじと国分のたばこはおはら節の中でも歌われほど有名です。
霧島温泉は霧の中でした。
宿泊した霧島観光ホテルです。

部屋からの桜島の眺めが素晴らしいと
聞いていますが、当日は全く視界無し。
翌朝、ちょっとうすぼんやりと見えました。
写真にはなりませんでした。
部屋からの眺めです。
海までは見えませんでした。
ホテルの露天風呂です。
夕食はこのほかに揚げ物なども
有りましたが、量的には十分です。
中央の白い球のある小さな器は
ウズラ卵入りの黒豚黒糖煮です。
初めて食べましたが、美味しいです。
霧島温泉から霧島神宮へ向かう
途中にある「丸尾滝」です。

滝そのものが温泉で、湯気を上げて
落ちてきます。滝壺も熱いです。

瀧の落ちる壁面は柱状節理に
なっています。

画面にポインターを置くと
瀧の拡大と柱状節理の部分が
ご覧いただけます。



下の写真は横岳展望台からの
眺望です。
曇り空ですが、壮大な眺めを
楽しめました。
途中にある「道の駅霧島」です。

遊覧リフトもあるようですが、
お天気が悪いのであきらめました。
霧島神宮です。三の鳥居です。


霧島神宮の本殿です。

霧島神宮の詳細は下記のボタンから
お入り頂けます。

霧島神宮
霧島神宮の近くにある
虎が岡の別荘地にお住みの知人を
尋ねました。

この日の天気では眺望が今一ですが、
晴れた日には素晴らしいだろうと
思われます。
また、温泉が引かれており、ホテル並みの
浴槽もありました。羨ましい~。
霧島から宮崎県へ向かう途中にある
「御池」です。

霧島火山霧島錦江湾国立公園の
高千穂峰(1574m)山ろくにあり
周囲4km、水深103mの霧島山系最大の
火口湖です。

ここは宮崎県内になります。
御池近くから眺める高千穂峰です。
場所は宮崎県高原(たかはる)町です。
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